J.フロント リテイリング 執行役 デジタル戦略統括部 グループシステム推進部長 兼 チーフデジタルデザイナーの野村泰一氏(撮影:今祥雄)

 松坂屋や大丸、パルコなどの百貨店、ショッピングセンターをグループに擁するJ.フロント リテイリング。2022年に策定したデジタル戦略ではデジタル人材育成を大きな柱とし、2030年までに1000名の育成を目指している。これまでANAやピーチ・アビエーションでデジタル変革やDXに取り組み、J.フロント リテイリングでデジタル教育プログラム作成を主導するデジタル戦略統括部 グループシステム推進部長の野村泰一氏に、デジタル時代の人材育成について話を聞いた。

特集・シリーズ
シリーズ DX人材 ~人材こそがDX推進の鍵

今企業には、デジタル技術を武器に業務を見直し、事業を創り、そして企業を変革していく者、すなわち「DX人材」が必要だ。本特集では、DX人材の育成にチャレンジングに取り組む企業を取材し、各社の育成におけるコンセプトやメソッドを学んでいく。

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変革に求められるのは仕組みよりもマインド

――DXを推進する上で、なぜ人材育成が鍵になるのでしょうか。

野村 泰一/J.フロント リテイリング 執行役 デジタル戦略統括部 グループシステム推進部長 兼 チーフデジタルデザイナー

ANAに入社し、インターネット予約やスキップサービスなどANAの予約搭乗モデルをデザイン。その後、日本初のLCCであるPeachの創設に携わり、システム面でビジネスモデルをデザインする。ANAに再入社し、DX推進の責任者となり、データ基盤、デジタルテクノロジーを活用したデザイン、DX人財の育成に関わる。2022年4月、J.フロント リテイリングに入社。チーフデジタルデザイナーとしてDX推進全般に関わり、2024年3月に執行役就任。

野村泰一氏(以下敬称略) 私たち接客業は、人が頑張って初めて価値が生み出せる人ありきの業態といえます。そのような、人を強みとする業態でデジタルや変革の要素を取り入れるためには、人財育成から考えるべきではないか、というのが私たちの取り組みの起点にあります。

 将来的には、AIやロボットによる接客というのも描けなくはないですが、先のような考えから、当社のデジタル戦略の第一歩はデジタル人財の育成を掲げています。そのため、人を中心としたデザインからDXに取り組んでいるのです。

 また人事部門も人的資本経営に向けて取り組んでおり、人をアセットとしながら強みにしていくことが、当社の取り組むべき方向ではないかと捉えました。そのため人事部門と連携しながら、人財育成を起点としたDXに取り組むことに至りました。

――人材育成の中でどういった部分を重視していますか。

野村 デジタル変革に必要な「土壌づくり」に重点的に取り組んでいます。DXを進めるとなると、仕組み作りが先行しがちです。たしかに仕組みは大切なものの1つではありますが、それ以上に人やプロセス、あるいはそれらを培っていく土壌がないと機能しません。そのため、人財育成において最も基礎的なプログラムは全社員が対象です。

 デジタル教育プログラムの初回では、あえてPCを使いません。その代わりプログラムの中で、参加者には似顔絵を描いてもらいます。近くに座っている参加者の似顔絵を2分間で描き、出来上がったものを互いに見せ合うワークです。

 このワークは「3つの勇気」を学んでもらうためのものです。「苦手なものでもやってみる勇気」「未完成なものでも見せる勇気」「失敗を恐れない勇気」です。これは、自分の創造力に自信を持つ「クリエイティブ・コンフィデンス」と呼ばれるもので、これらの勇気がなければ人は新しいことに取り組む気持ちになれない、といわれています。

 ワークでは似顔絵を描いてもらいますが、仕事でも「苦手なんです」「やったことないんです」というスタンスの人ばかりの組織では、いくら個々のスキルがあっても、新しいことは生まれてきません。そのため、クリエイティブ・コンフィデンスを通じて、新しいことに取り組むための土壌づくりをすることが重要なのです。

――新しいことに取り組むには、それに臨むための組織としての土壌が重要だということでしょうか。

野村 そうですね。教育プログラムではもう1つ、「『Yes,And』で答えるようにしよう」という話もしています。

 例えば部下が資料を作成し、上長の確認を得ようとしたとしましょう。すると多くの上長は「いいね、でもさ」と答えがちです。これは「Yes,But」の回答です。上長の立場からすれば、部下の資料をより良くするためのアドバイスをしているつもりなのかもしれません。しかし、言われた側は「But」に続く否定的な部分ばかりを意識してしまい、次第に萎縮してしまいます。こうした対応が当たり前の組織は、職場内の心理的安全性が低いと言わざるを得ません。そのため、「Yes,And」で答える練習を意識的に行っています。

 このようなマインド教育では、全社員に同じ内容に取り組んでもらいます。何のために変革するのか、その先の未来を見せて、変革に必要なマインドを育むための実践をしてもらっています。このように共通の内容を全社員が学ぶことでマインドがそろい、新しいことに取り組むための組織としての土壌が出来上がるのです。個別のデジタルスキルはこうした土壌の上にこそ育まれるものだと思います。

 当社が「人を中心にやる」と掲げた以上、人を中心から絶対に外してはいけません。関係するさまざまな方たちがそれぞれ持っている強みを大切にしながら、それらにデジタル要素を入れていく。それによって次第に変化し、より良い状態へと変わっていくことが、一種のデザインだと思います。