バブル崩壊(1990年代初め)、リーマンショック(2008年)、コロナショック(2020年)など経済的な危機に見舞われるたびに大きく成長してきたアイリスオーヤマ。その秘訣について、同社の大山健太郎会長は「ピンチをチャンスに変える経営」ではなく、「ピンチが必ずチャンスになる経営」の結果と説く。同氏の著書『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み』(日経BP)では、「経常利益の50%を毎年投資に回す」「新製品比率50%に設定」といった独自のKPIとともに、会社を変える「15の選択」を提示している。本連載では、同書の内容の一部を抜粋・再編集して紹介する。
第4回は、アイリスオーヤマの強さの源泉ともなっている「プレゼン会議」について解説する。
<連載ラインアップ>
■第1回 アイリスオーヤマの“憲法第1条”「利益を出せる仕組みこそ重要」はなぜ生まれたか
■第2回 業界の定説に反したアイリスオーヤマの「農作業用の半透明タンク」が大ヒットした理由とは
■第3回 「経常利益の50%を毎年投資に回す」アイリスオーヤマの深謀遠慮
■第4回 アイリスオーヤマの強さの源泉「プレゼン会議」はどのように行われているのか(本稿)
■第5回 組織を腐らせる「ヌシ」を生まないために、アイリスオーヤマが構築した独自の仕組みとは
■第6回 ニューノーマル時代の勝ち残りに直結する、アイリスオーヤマの5つの企業理念とは
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全部署が集まる「プレゼン会議」
アイリスでは毎週月曜に全部署の責任者が全員集まり、「プレゼン会議」という名の開発会議を開きます。収納用品や園芸用品、ペット用品、家電に至るまで、アイリスの2万5000点の製品はすべて、このプレゼン会議から生まれます。
1980年頃にプレゼン会議の原型がスタートしたときは、「開発会議」と呼んでいました。当初は私が考えた新製品の内容や意図を幹部社員に説明する場でした。そのうち事業領域が広がり、社員の提案を役員が聞くことも増えていきました。
最初のメンバーは開発・製造部門のマネジャークラスだけでしたが、販路別、顧客別に何が売れているかといった市場情報をより詳細につかめるように、マーケティング部門の責任者も参加してもらいました。そうこうするうち、この会議が製品開発のエンジンのような存在になってきたので、知的財産や広報、PR部門など全部門を集めたという流れです。
1つの案件につき、5~10分で社員が次々とプレゼンテーションすることから、「プレゼン会議」という名称に変えました。午前中に決定したことが、午後の商談・業務に生かせるようにと、そのときに注力している事業から順にプレゼンがスタートします。あらゆる部門の人材が情報を共有し、同時進行で仕事を進めるプレゼン会議の詳細は次の通りです。
時間は、毎週月曜の午前9時半から、昼食を挟んで午後5時近くまで。場所は、アイリスの本拠地、宮城県角田市にある角田I.T.P.(インダストリアルテクノパーク)内の会議室です。出席者は、月曜は他の予定を一切入れないのがルールです。事業の根幹であるプレゼン会議に集中するためです。
会議室はすり鉢状で階段式に席が配置されており、中央最前列に陣取るのは社長。以前は私が座り、社長を息子の大山晃弘にバトンタッチしてからは、彼が座っています。さらに役員全員、そして事業部、開発部、営業部、製造・物流部、品質管理部、知財・販促部など各部門のマネジャーを中心に総勢50人がずらりと後方に控え、遠隔地の東京や大阪、中国・大連工場などの関係者もテレビ会議で参加します。
こうして全方位を関係者に囲まれた中央のステージに、プレゼンをする事業部のマーケティング担当者や開発担当者が、あらかじめ決められた時間割に沿って入場し、製品の説明を始めます。後ろの席にいる人も、すり鉢状の階段式会議室なら、前のステージがよく見える。大勢の人が同時に最新情報に接し、同時に議論に参加できます。
実は、角田I.T.P.には7つの階段式会議室、その他全国の各工場にも階段式会議室があり、後述する幹部研修会などで使用しています。アイリスが、どれだけ情報の同時共有にこだわっているかが分かるでしょう。