家庭用の血圧計や電子体温計、医療機関向けの動脈硬化測定装置などを中心に健康機器、医療機器の開発・販売をグローバルに展開するオムロンヘルスケア社。2010年当時に同社の経営統轄本部長として運営構造改革を主導し、事業の飛躍的な成長と高収益化の実現につなげた元オムロン取締役専務執行役員 CFO 兼 グローバル戦略本部長の日戸興史氏が、改革の切り札として活用したのが「TOC(Theory Of Constraints、制約理論)」と呼ばれるマネジメント理論だ。
日戸氏による連載の連載第1回となる本稿では、TOCに着目した理由、その基本的な考え方や特徴について解説する。
<連載ラインアップ>
■第1回 元オムロンCFO日戸興史氏が解説、世界的ベストセラー『ザ・ゴール』のTOCがなぜ経営改革に効いたのか(本稿)
■第2回 元オムロンCFO日戸興史氏が語る、TOC(制約理論)でリードタイムを5分の1に短縮できた理由
■第3回 過剰在庫の真因は需要予測の精度にあらず、元オムロンCFO日戸興史氏が解説するサプライチェーン改革の重要メソッド
■第4回 「開発期間」と「品質」をどう両立させる? 元オムロンCFO日戸興史氏が解説する全体最適のマネジメント手法「CCPM」
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多くの日本企業の抱える問題とTOC(制約理論)
今回から4回にわたって、非常にユニークかつ実践的なマネジメント理論である「TOC(制約理論)」の特徴や魅力、実践の手順やポイントについて紹介していきたいと思います。
「開発のリードタイムが長く、新製品をタイムリーに打ち出せない」
「需要予測がうまく機能せず、過剰在庫を抱えてしまう」
このような悩みを抱えている日本企業は多いのではないでしょうか。私が勤務していたオムロンヘルスケアもかつてそうでした。主力製品である家庭用血圧計では、グローバルで約5割ものシェアを維持していましたが、中国勢をはじめとする海外メーカーの低価格攻勢を受け、市場の優位性が明らかに揺らぎつつありました。価格競争に陥らないためには、付加価値の高い新製品を次々と打ち出していければいいのですが、開発のリードタイムがどうしても短縮できませんでした。
また、営業部門が市場の需要や受注を予測し、それに従って製造部門が必死に頑張って納期までに製造するけれど、予測が外れがちで過剰在庫が常態化していました。その結果、営業部門と製造部門の関係性が悪くなり、社内の士気も下がりがちでした。
状況を打開しようと、種々対応策を実行していましたが、期待していたような成果が上がりません。当時、経営統括部長を務めていた私が、なんとかしなければと試行錯誤している中で出合ったのが「TOC」でした。
TOCという言葉は知らなくても、世界的なベストセラーとなった『ザ・ゴール』(エリヤフ・ゴールドラット著、ダイヤモンド社)なら知っている人が多いかもしれません。著者である物理学者ゴールドラット博士が、この本の中で提唱した理論がTOCです。
犯人探しでなく“流れ”に注目
正直言って、それまで私はコンサルタントや経営学者の方々が掲げる理論モデルや施策を、あまり信用していませんでした。そんな私が、TOCをぜひ自社に導入してみたいと考えた理由の一つは、「企業活動を阻害する要因=制約」の捉え方のユニークさにあります。
企業が課題に直面しその原因を探る時、気を付けないと「開発部門のリードタイムが長すぎるせいだ」「営業担当の需要予測が外れるのが元凶」などと、犯人探しに陥ってしまうものです。これに対しTOCは、“流れ”に注目します。
「モノの流れ」「お金の流れ」「情報の流れ」など、ビジネスはさまざまなタイプの流れでできており、これが滞ると効率が大幅に低下し、生産性やコストアップを導き、社員のイライラにもつながります。そこでTOCでは、流れを滞らせている原因を取り除こうとします。そしてその原因は、特定の部門や社員にあるのではなく、彼らの能力発揮を妨げている「制約」にあると捉えるのです。
組織のパフォーマンスはメンバー一人一人の能力の掛け算で決まる、とよく言われます。しかし、1より小さい数字を掛け合わせると答えが小さくなるのと同じで、メンバーが自分の能力の80%とか60%しか発揮できなければ、組織のパフォーマンスはどんどん低下してしまいます。
それぞれの能力を最大限発揮してもらうために、「部分」ではなく、仕事の流れ「全体」を見る。パフォーマンスを制約する要因がどこにあるのかを見極め、制約要因を取り除く。これがTOCの基本的な考え方です。