写真提供:ロイター/共同通信イメージズ、Tada Images/Shutterstock.com、JHVEPhoto/Shutterstock.com

 イノベーション創出の重要性が叫ばれて久しいが、言葉が独り歩きしている感も否めない。イノベーションの本質とは何なのか。本連載では、『イノベーション全史』(木谷哲夫著/BOW&PARTNERS発行)の一部を抜粋、再編集。京都大学でアントレプレナーシップ教育に当たる木谷哲夫氏が、前史に当たる18世紀、「超」イノベーションが社会を大きく変容させた19世紀後半からの100年、その後の停滞、AIやIoTが劇的な進化を遂げた現在までを振り返り、今後を展望、社会、科学技術、ビジネスの変遷をひもときながらイノベーションの全容に迫る。

 第4回は、革新的価値を生み出せなくなった日本の現状と問題点を踏まえ、「勝ち筋」を探る。

<連載ラインアップ>
第1回 なぜグーグルやヤフーは成功し、インフォシークやエキサイトは敗れ去ったのか?
第2回 日本経済低迷の背景にある「資本投入量の減少」は、なぜ起きたのか?
第3回 ハーバード大学はなぜ、知財ライセンスをスタートアップに与えるのか?
■第4回 インテル、アップル、TSMC…勝ち組に共通する「たった一人の天才」の破壊力とは?(本稿)

※公開予定日は変更になる可能性がございます。この機会にフォロー機能をご利用ください。

<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

勝つための正しい発想とは

イノベーション全史』(BOW BOOKS)

 産業を振興するために、日本では、政府が音頭を取って、有力企業何社かに出資させコンソーシアムを作り、先端的な技術開発を狙う、といったプロジェクトがよくあります。オールジャパン、とか、日の丸プロジェクト、と呼ばれるもので、日本のお家芸であると言えます。

 日本人としてはぜひうまくいってほしいのですが、

  1. 大企業が少額ずつ出す寄り合い所帯で
  2. 具体的用途や顧客が不明な投資をする

 ということでは限界があります。

 半導体業界を例に、具体的に説明しましょう。

1. なぜ「寄り合い所帯」では勝てないのか?

 インテルやAMDでも見たように、現在世界をリードする半導体企業は一握りの突出した個人が作り上げたものです。

 インテルでは、ロバート・ノイスとゴードン・ムーアが製品を開発し、アンディ・グローブが優れた経営力で育てました。AMDでは天才設計者ジム・ケラーがチップを開発し、経営者のリサ・スーがそのポテンシャルを開花させています。

 また、M1チップの開発などアップルの開発全体を率いてきたのは、ジョニー・スロウジ(Johny Srouji)という人物です 。ジョニー・スロウジはイスラエルのハイファに生まれ、テクニオン工科大学を首席で卒業した天才で、2019年にはインテルが次のCEO候補として検討したことが報じられたりもしています。スティーブ・ジョブズは、アップルで自前の半導体を開発するために、ジョニー・スロウジを自分の給料の4倍を払ってヘッドハントしたのです。

 そして、世界最大の半導体製造企業であるTSMCは、モリス・チャンという個人の頭脳から生まれたことは既述の通りです。モリス・チャンは創業時点で56歳になっていました。還暦に近い年齢で創業した会社が世界一になる、そのような奇跡がなぜ起こったのか?

 台湾政府は、モリス・チャンに、「世界に通じる半導体産業を台湾につくり出してほしい」と要請しました。つまり、知りうる限り最も優れた1人の人物に、台湾の半導体産業の未来を託したのです。半導体回路の設計も、新しいビジネスモデルを発想するのも、大人数の協業で可能となるものだけではなく、天才のひらめきが必要です。台湾政府が賢かったのは、成功するには1人の天才にすべてを任せるしかない、というビジネスにおける成功のカギを知っていたことです。

 有名大企業をいくら集めてきても、サラリーマンが数多く関わり調整が必要となることで、突出したアイデアは回避され革新的な価値は生まれなくなります。寄り合い所帯で、企業や大学の研究者が束になったら勝てるのではないか、という発想自体が実情とかけ離れているのです。