2019年、KDDIは中間金融持ち株会社のauフィナンシャルホールディングスを設立し、同時にQRコード決済の「au PAY」をスタートさせた。そうした“au経済圏”の中で主力を担う1社がauじぶん銀行だ。今ではすっかり生活インフラとして定着したネット銀行群の中で、同社はどのような戦略で勝ち残りを図るのか。2024年4月に社長に就任した田中健二氏に、自身のキャリアの転機や会社の今後の展望などについて聞いた。
「無駄な仕事を続けていても価値がない」ことを学んだ書籍
――田中さんは2015年にKDDI入りするまで、プロミス(現SMBCコンシューマーファイナンス)やSBIホールディングスに在籍していますが、これまでのキャリアでターニングポイントになった仕事は何ですか。
田中健二氏(以下敬称略) 転機となったのは、ビジネススキルとリーダーの心得に関する2つの出来事です。前者は、プロミス時代に新規事業について外部のコンサルティング会社を交えて毎週のように議論を重ねていたころ、コンサルの方々の理論武装に感化されてビジネス書をよく読むようになりました。その過程で出会った名著が、主に製造業向けに制約条件の理論を説いた『The Goal(ザ・ゴール)』です。
この本を通じた最大の学びが、「仕事は無駄なことを続けていても価値がない」ということ。その点を学んだことで、生産性や成果を上げるためには極力余計な仕事はせず、集中すべきものに特化するべきだと気付きました。
後者のリーダーの心得では、KDDIに転じた後、稲盛和夫さん(京セラ創業者)が唱えた“京セラフィロソフィ”をKDDI版に落とし込んだ“KDDIフィロソフィ”を読み合わせしたり、毎月勉強会を開いたりして学ぶことができました。
KDDIにはグループを含めて約6万人の従業員がおりますが、その6万人を同じ方向に向かせる際、さまざまな多様性も認めつつ、ゴールはここなんだというベクトルを稲盛さんが示された。一言で言えば理念経営ですが、どんな時代になろうとも普遍性のあるものだと感じています。
――auじぶん銀行でも昨年(2023年)、「デジタルを駆使する。お客さま視点で考える。そして、期待を超える金融へ。」というパーパスを定めていますね。
田中 社員一人一人が存在意義や経営方針を“じぶんごと化”するというのが最大の目標です。また、稲盛さんが説かれた「人生や仕事の結果は、考え方と熱意と能力の3つの要素の掛け算で決まる」という教えも大事にしていて、社会人である前に人間としてどう成長していくか、それを周囲とどのように共有していくかを学べたことが、私自身の大きな財産になっています。
――他にビジネス面ではどんな転機があったのでしょうか。
田中 2019年に立ち上げたauフィナンシャルホールディングスは私がプロジェクトリーダーを担い、そのプロジェクト終了後は、auじぶん銀行でIT戦略や経営企画を担当してきました。
振り返ると、2008年に三菱東京UFJ銀行(現三菱UFJ銀行)とKDDIが50%ずつ資本を出し合ってじぶん銀行(現auじぶん銀行)が発足したわけですが、折半出資の企業には2種類あると思っています。
1つは、折半出資でも実際にはどちらかが主導権を持って経営していくやり方で、もう1つがそれぞれの親会社との関係性の中で、あまり波風を立てずにやっていくスタイルです。auじぶん銀行は後者でしたので、三菱UFJ銀行とKDDIのどちらに最終的な経営責任があるのかはっきりせず、それぞれの親会社の判断に依存していたきらいがありました。
そこを転換し、2019年以降はKDDIが主導権を取る(現在のauじぶん銀行の持ち株比率はauフィナンシャルホールディングス78%、三菱UFJ銀行22%)ことを明確にし、責任の所在がはっきりしました。
ただ、当然ですがKDDI側が主導する立場になったことで、それまで以上にきちんと業績も上げていかなければいけません。私はauじぶん銀行の経営企画担当役員として市場分析や競合分析をし、ゼロからプレゼン用の資料を作り、経営陣の前で会社の進むべき方向性を訴えてきました。
そこで役に立ったのが先ほどお話をした『The Goal』からの学びです。やらなくていいことをあぶり出し、やるべきことをより鮮明にしたことで明らかに業績も変わっていきました。
その結果、KDDI側がauじぶん銀行を連結子会社化する前は経常利益が約23億円でしたが、その後の成長で2023年度は約170億円になっています。特に注力してきた住宅ローンのビジネスが収益面の約半分を占めており、大きく貢献しています。