人類史において、新たなテクノロジーの登場が人々の生活を大きく様変わりさせた例は枚挙にいとまがない。しかし「発明(インベンション)」と「イノベーション」は、必ずしも輝かしい成功ばかりではなかった。本連載では『Invention and Innovation 歴史に学ぶ「未来」のつくり方』(バ-ツラフ・シュミル著、栗木さつき訳/河出書房新社)から、内容の一部を抜粋・再編集。技術革新史研究の世界的権威である著者が、失敗の歴史から得られる教訓や未来へのビジョンを語る。
第4回は、現代文明の基盤が集中的に築かれた歴史的に異例な1880年代を振り返るとともに、これからの社会にとって必要な発明とは何なのかを思索する。
<連載ラインアップ>
■第1回 技術開発の“後発組”中国は、なぜ巨大イノベーションの波を起こすことができたのか?
■第2回 イーロン・マスクが提唱する高速輸送システム「ハイパーループ・アルファ」は、本当に実現可能なのか?
■第3回 「火星地球化計画」「脳とAIの融合」などの“おとぎ話”が、なぜ大真面目に取り上げられるのか
■第4回 自転車、電磁波、電気システム…現代文明の基盤を築いた“空前絶後の10年間”、世界を変えた1880年代とは?(本稿)
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現代文明のエネルギーや素材の原料の基盤は第一次世界大戦前の50年間に、とりわけ集中して1880年代というたった10年のあいだに築かれたことがわかっている。
1880年代の10年間で、現代文明に欠かせないさまざまなプロセス、コンバーター、材料が発明され、特許を取得したのだ。商業的に大きな成功をおさめたものも多く、全体として見るとこの10年ほど前例のない記録を樹立した期間はないし、今後も繰り返されることはまずないだろう。
自転車、キャッシュ・レジスター、自動販売機、パンチカード、加算器、ボールペン、回転ドア、制汗剤(それにコカ・コーラやウォール・ストリート・ジャーナル紙も)は、この10年間に誕生した比較的小さな発明やイノベーションの部類に入るのかもしれない。
なにより、発電・配電・変換という電気システムをほぼ完成させたことが、根本的かつ永続的に重要な発明だった。
この10年間で、世界初の石炭火力発電所や水力発電所、火力発電の頼みの綱である蒸気タービン、変圧器、送電機(直流・交流ともに)、メーターなどが誕生し、白熱電球、電気モーター、エレベーター、溶接、都市交通(路面電車)、初のキッチン家電などに電気が利用されるようになった。
そしていま、私たちの世界にあふれているマイクロチップは、信頼の置ける電力供給があるからこそ機能している。2020年の時点で、火力発電と水力発電は発電電力量の70%以上を供給していて、新たな再生可能エネルギーを利用した風力発電と太陽光発電は10分の1程度にすぎない。
1880年代には、3人のドイツの技術者が内燃機関を動力源とする自動車を発明し、スコットランドの発明家が空気入りゴムタイヤを思いつき、アメリカの化学者とフランスの化学者がそれぞれ独自にアルミニウムの精錬法を発明し、アメリカの建築家が世界初の鉄骨構造高層ビルを完成させた。
こうした発明が市民生活を大きく変えたこと、永久に重要であることは言わずもがなだ。1886年から1888年にかけては、ドイツの物理学者ハインリヒ・ヘルツが、その数十年前に発表されていたジェームズ・クラーク・マクスウェルの予測が正しいことを証明した。電磁波を発生させ、放射したのである。さらに、その周波数を測定し、「重量測定が可能な物体の音の振動とエーテル〔訳注:光が伝播(でんぱ)するために必要だと思われていた媒質〕の光の振幅」のあいだにあるものとして正確に位置づけた。
この電磁波の発見のおかげで、現代の携帯電話やソーシャルメディアといった、非接触型のワイヤ レスな通信が可能となったのだから、私に言わせればワイヤレスな通信はマクスウェルのアイデア から生まれた第五世代の派生物である(ヘルツが第二世代、第一次世界大戦前の初期のラジオ放送 が第三世代、真空管を使った電子製品の普及が第四世代、そして半導体エレクトロニクスが第五世代だ)。