人類史において、新たなテクノロジーの登場が人々の生活を大きく様変わりさせた例は枚挙にいとまがない。しかし「発明(インベンション)」と「イノベーション」は、必ずしも輝かしい成功ばかりではなかった。本連載では『Invention and Innovation 歴史に学ぶ「未来」のつくり方』(バ-ツラフ・シュミル著、栗木さつき訳/河出書房新社)から、内容の一部を抜粋・再編集。技術革新史研究の世界的権威である著者が、失敗の歴史から得られる教訓や未来へのビジョンを語る。
第2回は、2013年にテスラCEOのイーロン・マスクが発表した「ハイパーループ・アルファ」構想を紹介、200年も前から提案され続けてきた高速輸送システムの実現性について考える。
<連載ラインアップ>
■第1回 技術開発の“後発組”中国は、なぜ巨大イノベーションの波を起こすことができたのか?
■第2回 イーロン・マスクが提唱する高速輸送システム「ハイパーループ・アルファ」は、本当に実現可能なのか?(本稿)
■第3回 「火星地球化計画」「脳とAIの融合」などの“おとぎ話”が、なぜ大真面目に取り上げられるのか
■第4回 自転車、電磁波、電気システム…現代文明の基盤を築いた“空前絶後の10年間”、世界を変えた1880年代とは?
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2013年8月12日、テスラ社CEOのイーロン・マスクが超高速輸送システム「ハイパーループ・アルファ」構想を発表した。冒頭で、このアイデアが生まれるまでの経緯を説明するにあたり、彼は尋ねた。「まったく新しい輸送の手法があるでしょうか?」と。
それは航空機、電車、自動車、船舶に次ぐ第五の手法となり、もっと安全で、もっと速く、もっとコストが安く、もっと便利でありながら、天候に左右されず、自己動力供給を持続し、地震に強く、沿線の住民に悪影響を及ぼさないものになるだろうと、彼は説明した。
そしてマスクは「こうした特徴をもつ輸送システムとして、これまでさまざまなアイデアが提案されてきた。はるか昔のロバート・ゴダードから、近年のランド研究所〔訳注:アメリカのシンクタンク〕やET3社〔訳注:アメリカの輸送システムのスタートアップ〕によるここ数十年の提案にいたるまで多々あるものの、残念ながら、そのすべてがうまくいっていない」と述べている。
彼の二番目の言及に関していえば、まさにそのとおりだ。そして一番目の発言は、このアイデアがどのようにして生まれたかをよく表現している。つまり、超高速輸送システムに関する理論的な提案が初めてなされてから長い時間が流れたにもかかわらず、近い将来、このアイデアを商用化できるという謳(うた)い文句には懐疑的な態度を示し、慎重を期すべきなのだ。
まず指摘したいのは、マスクがこの輸送システムに見当違いの呼び名をつけたことだ。そもそも「ループ」とは、曲げたり交差させたりできる曲線が生みだす形を指す。となれば、「ハイパー」(「超」、「過度」の意)ループとは、いったいどんな形を指すのだろう?
すなわち「ハイパーループ」という名称は、それ自体が不正確であり、大きな誤解を与えかねない。マスクの構想では、カプセル(ポッド)のなかに乗客を密封して、チューブ内を猛スピードで運ぶ。チューブ内では空気がクッションの役割を果たすのでポッドが浮く(磁気浮上を利用した設計もある)。
まっすぐな金属製チューブを高架またはトンネル内部でつなぎ、チューブ内部の圧力は非常に低い(真空に近い)。磁力の反発を推力として利用し、直線状のチューブの上部に装着されたソーラーパネルで発電し動力を得る(ほかの方法で動力を得る設計もある)。
マスクはこのように、第五の輸送手段としてハイパーループを分類しているのだが、その分類自体が誤解を与えかねない。さらに、この輸送システムは複数の要素で構成されているのだが、その特徴が設計によっててんでんばらばらなのだ。