労働力不足、EC急伸による消費行動の変化に運送業界が揺さぶられている。「3PL」と呼ばれる企業間物流の分野も、多頻度多品種小ロット化への対応、労働力不足など、経営環境は厳しい。その中、業界をリードする日立物流が大規模な戦略投資によって、事業領域を超えた「オープンイノベーション」に挑んでいる。そこには、代表執行役社長 兼 取締役である中谷康夫氏の「物流はこのままの形では続かない」という強烈な危機感が根底にある。
既存の領域にしがみつかず
新しい産業をつくっていく
日本の企業間物流ビジネスは、荷主である製造業や流通業の成長とともに、国内外で事業を拡大してきたが、サプライチェーン(以下SC)がより広範に、かつ高度化・多様化するとともに、消費者の意識変化も伴って、抜本的な業態の転換が求められている。業界をリードする日立物流においても同様だ。
代表執行役社長 兼 取締役である中谷康夫氏は、「『物流はこのままの形で続くはずがない、すなわち約束された未来はない』という強い危機感を抱いています。アマゾンなど物流以外の領域から、これまでのやり方を大きく変えるプレーヤーが出てきています。彼らはデジタルの分野で圧倒的な存在感を示しながら、物流領域へ巨大な資金を投じ、業界の構造を大きく揺さぶっています。実現にはまだ時間がかかりますが、将来、自動運転が始まったときに、私たち物流企業がモノを運び続けているのだろうか、との思いは常にあります。未来を考えるとき、今いる産業の領域にとらわれるのではなく、新しい産業をつくっていく必要があります」と、危機感を隠さない。
変化の波が押し寄せる中、同社は、「中期経営計画:価値協創2018」として、目指す姿に「Global Supply Chain Solutions Provider」を掲げた。ここには、IoT、AI・ロボティクスといった技術のブレイクスルーや、フィンテック、シェアリングエコノミーといった社会におけるサービス・手段・価値観の多様化が進む中、機能としての物流強化をコアに据えながら、事業・業界の垣根を超えた「協創領域を拡大」し、新しい産業をつくっていく、という思いが込められている。同社はその推進力として「オープンイノベーション」を選択、中谷社長は将来に向けての戦略的投資を決断した。
「物流という視点から、『SC全体』に事業展開を提案できる存在を目指しています。現在のロジスティクスパートナーから、SCM(*)パートナーへ進化する中で、まずは人手不足の解消策としてロボティクスによる省人化・省力化に着手しています」*SCM=サプライチェーンマネジメント
13年から日立製作所の研究開発チームと自動化や機械化について協力関係を構築し、研究開発を進めるとともに、16年には「R&Dセンタ」を開設。次世代型物流センター実現に向け、省人化と高効率オペレーションを可能にする新たなテクノロジーの研究開発と実用化を目指している。同社の協創への動きは加速する。
協創による物流機能の強化×金流×商流×情流へ
「日立物流には、実業のベースがあります。他社と比べても、さまざまな物流の現場を持っています。例えば顧客の物流設計を行う際も、実業をベースとして設計・検証を経たものと、バーチャルだけでつくったものとでは、結果として顧客に提供できるものが全く異なってきます。ただ、私たちが蓄積してきたナレッジやノウハウを生かしてSCの標準化を模索していく中で、全てを自社でやっていくのは技術的にも困難な面がありました」
16年3月末、資本業務提携を結んだSGホールディングスとは協創プロジェクトを立ち上げ、さまざまな取り組みを行っている。例えば、物流センターとトラックターミナルを併設したオペレーションだ。同一拠点にすることで、日立物流においては出荷までの時間的制約が緩和されるとともに、佐川急便にとっても、従来の日立物流倉庫への集荷がなくなるため、CO2削減など社会的課題にも貢献できている(シェアリングエコノミー)。配送が同じ方面なら情報を共有できれば、地域の運送会社と連携する「オープンターミナル」も可能になるであろう。また、日立物流はSC領域への物流×金流+αのアプローチを検討している。
「日立キャピタルとの提携は、ファイナンス部分を強化することで、最適なSCを構築することを目指すものです。お客様にとって一番ムダのないSCとは何か。実はモノの所有権移転はほぼ物流現場で起きています。当社のWMS(倉庫管理システム)と日立キャピタルの持つスキームとを活用し、SCのそれぞれの段階で、リアルタイムで決済を行うことができれば、資金を素早く回収し、より効率的に運用することができます。それはメーカーや卸など、多くのステークホルダーの経営改善につながると考えています」
業界全体として仕様や仕組みを標準化できれば、さまざまな面で省力化やシェアリングが可能になるが、実現に至らないのは企業が個別最適を目指していて、全体最適を意識できていないからだと中谷社長は指摘する。
「多くの企業は自分たちの領域にばかり気を取られがちですが、異業種との協創でイノベーションが生まれ、活路が開けると考えます。例えばわれわれは、ドライバーを事故から守りたい、そして安全な環境で働いてもらいたいという思いから『スマート安全運行管理システム』の研究と実用化に向けて取り組んでいます。大学、研究所や企業と連携して、ドライバーの疲労のメカニズムを解析し、『事故ゼロ』を実現しようとするプロジェクトです。これはわれわれだけが良ければいいというものではありません。開発が進み、実用化の後には、トラックだけではなくバスやタクシーへの導入を通じて、社会全体の事故減少にもつなげられると考えています。『社会の課題に対してソリューションを提供する』という、当社としてまったく新しい試みですが、こうしたことに絶えずチャレンジして、得られた情報や成果をオープンにして、さらに効果を高める知恵や技術を呼び込みたいと考えています」
将来のフレームを描き
足りないピースは異業種に求める
日立物流はいま、中期経営計画で掲げたIoT、AI・ロボティクス、フィンテック、シェアリングエコノミーを中心に、より多くの企業とのオープンイノベーションを求めている。
「私たちは、自分たちが『何ができて何ができないか』を常に考えています。将来に向け、自分たちの事業の大きなフレームを描く上で、物流業の延長線上で実現できるものと実現できないものがあり、その『解』は、いまの物流の枠組みの中でなく、異業種にあると思っています。足りないものを埋めていくのに貪欲であり続けたい」
すでにオープンイノベーションに取り組んでいる日立物流。前述した「スマート安全運行管理システム」でも、多くの企業や関西福祉科学大学、理化学研究所などと、技術開発と仕組みづくりを進めている。その過程において、物流と先端技術をつなぐアプリや新しいシステムなどを構築するために、スタートアップ企業との協創も模索している。
「新しいビジネスモデルを生み出すとき、物流の仕組みと技術をコネクトする上で、スタートアップ企業の力は欠かせません。彼らとつながることで、われわれと彼らが、そしてまた別の会社ともつながって、ネットワークがどんどん構築されていきます。また、協創では、成果を最初から求めず、まず他者とプロジェクトを進めるフレームワークづくりをすることが重要だと考えています。これからも『こんなのない?』というひと言をきっかけに、ネットワークを広げていきたいと考えています」
日立物流はいま、トップの危機感を起点に、新しい可能性をつかもうとしている。
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