閑静な住宅街で知られる世田谷区烏山に学舎を構える日本女子体育大学は、「ニチジョ」という愛称で親しまれている。1922年(大正11年)に、前身となる二階堂体操塾として開塾して以来、数多くの体育教員やスポーツ指導者などを育成・輩出しているが、最近は烏山地域を中心とする総合型地域スポーツクラブも運営している。
総合型地域スポーツクラブとは、身近な学校施設などを拠点とし、地域住民が主体となって運営する多種目・多世代型のクラブのこと。日本女子体育大学教授の齊藤隆志氏は、「最近は、少子高齢化やコミュニティの弱体化により、他人とのコミュニケーションが不足しがちで、また住民の健康づくりやスポーツ推進が思うように進んでいない」と、指摘する。「こういった課題を解決する手段として、地域住民が参加するスポーツクラブが有効に働く可能性がある」と話す。
世田谷区烏山には、これまでもミニバスケットボールや少年野球、ゲートボールなどのスポーツサークルやチームがあった。しかし、これらは単一種目・単一世代で構成されているケースが多く、メンバーの固定化が進みやすい。そのため、コミュニティの核として考えると不向きだ。そこで、「総合型地域スポーツクラブ」に白羽の矢を立てた。
総合型地域スポーツクラブは、日本各地で結成され、既存の学校やスポーツセンターなどを利用し活動している。しかし都内の場合、スポーツクラブが活動できる場所は限られているため、住民の要望どおりの活動が必ずしも、できているわけではない。こうした状況の中、世田谷区烏山地区にできた総合型地域スポーツクラブが「ニチジョクラブ」だ。
「私は、総合型地域スポーツクラブが地域住民の健康増進に寄与するだけでなく、地域コミュニティの核として育っていくことを期待しています」と、齊藤氏は力を込める。
行政からの要請に応えた総合型地域スポーツクラブ
「本学は、体育大学として、学生・施設・知財がそろっています。しかも、学舎は世田谷区という好立地。総合型地域スポーツクラブを開催するための条件はそろっています。実は、以前から総合型地域スポーツクラブを作ろうと検討を重ねていました。くしくも今回、東京都や世田谷区から、『総合型地域スポーツクラブを作ってほしい』という要請があり、それに背中を押される形で、ニチジョクラブをスタートすることができました」と、齊藤氏は当時を振り返る。
ニチジョクラブは、23区内にある大学内に作られた初めての総合型地域スポーツクラブだ。近隣住民の健康とスポーツ実施率の向上に加え、住民と大学とのコミュニティを形成することが設立目的となっている。設立して間もないが、すでに同大学の学生とスポーツクラブのメンバーが交流する場となりつつあるとのこと。
「学生がボランティアやアルバイトとしてニチジョクラブに参加している。指導方法を学んでいる学生も多く、勉強の場にもなっている。参加した学生から“いい経験をすることができた”という声も届いている」と齋藤氏。ニチジョクラブはスタートしたばかりだが、すでに良い循環が回り始めているようだ。
しかし、課題もある。確かに、日本女子体育大学は体育やスポーツに関連する施設は豊富だが、授業や部活動などで、そのほとんどを常時使用しているというのが実情だ。その上、総合型地域スポーツクラブがそれらの施設を使うとなると、その調整が難しい。また、チーム指導者の確保も容易ではない。
この課題について、齊藤氏は「開催場所と指導者の確保は、頭の痛い問題。今回は、部活動などの協力も取り付けることができ、これらの問題を解決することができた。現在は、OGや教員がニチジョクラブの指導を行っている」と回答する。
今は土台作り。会員数増を目指す
世田谷区には、「東深沢スポーツ・文化クラブ」「ようがコミュニティークラブ」「烏山スポーツクラブユニオン」「しろやま倶楽部」「こまざわスポーツ・文化クラブ」「翠と渓のスポーツ・文化クラブ」「若林クラブ」「ニチジョクラブ」という、全部で8つの総合型地域スポーツクラブがある。
世田谷区と連携している「ニチジョクラブ」は、地域の公立学校に対して広報活動をしたり、区報に掲載してもらったりして、認知度を向上させている。認知が進むにつれ参加者が増え、クチコミでも広がったためか、最近は三鷹市や川崎市などから参加する人もいるようだ。スタートを切って間もない総合型地域スポーツクラブだが、着実にメンバーが増えてきている。
「しかし、今は土台作り。これからは、種目や会員数を増やし、もっと幅広い年齢層のメンバーが参加できるようにし、多くの人々が集い交流し、スポーツや健康づくりを推進していきたい」と、齊藤氏は語る。「会員の人たちが、学生、教職員とともにニチジョクラブを支える、地域コミュニティの核となってほしい」。
ニチジョクラブは、多くの可能性を秘めたスポーツクラブだ。今後、烏山地域のコミュニティの核として育っていくのだろう。ニチジョクラブ出身のオリンピック選手の登場にも期待したい。
<取材後記>
齊藤氏にニチジョクラブの目標について聞くと「新体操やチアリーディングに関しては、競技会や全国レベルの選手を育てていきたい。夢はオリンピック選手の輩出です」とのコメント。日本女子体育大学が培ってきたノウハウが注入された総合型地域スポーツクラブであれば、その可能性は十分にある。
日本女子体育大学学生との合同演技発表
活動時間や練習場所の確保などの課題もあるが、運用しながら課題を解決していくとのこと。いまは、総合型地域スポーツクラブの運営ノウハウなどを蓄積し、次のステップの礎としているのだろう。
少子高齢化や核家族、孤独老人など、日本では地域社会の課題が山積している。ニチジョクラブは、それらの課題に対する1つの解を提示しているのかもしれない。