日本工業大学は埼玉県の南部・宮代町に位置し、その敷地面積は東京ドーム5個分。田園風景のなかに、教室棟ばかりでなく、さまざまな実験・実習設備を備えたセンターや、学生生活を豊かに送るための施設が建ち並ぶ。グッドデザイン賞を受賞した生活環境デザイン学科の実験研究棟は、建築の構造から配管設備までのすべてを露出し、いつでも建築の仕組みが学べる。機械実工学教育センターには、生産現場で使われている最新の工作機械がそろい、本物の“ものづくり”に取り組める。先端材料技術研究センターは、ナノテクノロジーなど世界的研究の拠点だ。学内を歩くだけで、「工学創造ビレッジ」の活気が伝わってくる。

「本学は、入学するとすぐに実験・実習・製図など体験的な学習に取り組んでもらいます。理論を学んでから体験学習に進むのではなく、両者を同時に学ぶ、本学独自のデュアルシステムを採用しています。“ものづくり”が好きで本学を目指してくれた新入生のモチベーションを大切にしているからです。そのための設備も充実しています」と日本工業大学・学長の波多野純氏は言う。

日本工業大学 学長 波多野 純 氏

「教壇での実験を見ているのは実験ではない。自分でさわってはじめて本質が掴める」同大学の“ものづくり”への、熱い情熱が感じられる。

 

経済の論理を超える“ものづくり”を目指す

 「ものづくり大国日本」——高度成長期、日本は世界トップレベルの技術大国だった。最先端技術を駆使し高品質ながら価格が安い日本製品は、世界の憧れであった。“ものづくり”は、世界の先頭を走る日本の象徴であり、希望の星であった。

しかし現在、その状況は一変した。“ものづくり”はグローバル化の時代に突入し、その中心はアジア諸国へと移行している。高品質・低価格の製品を各国が作り、しのぎを削っている。日本は遅れてしまった。日本の“ものづくり”に未来はないのだろうか。

波多野氏は、この状況を脱する秘策について次のように語った。「高品質・低価格といった経済の論理を前面に出した大量生産・大量消費の“ものづくり”を続けていても未来は暗い。これからは、“使う人の個性や特性に合わせたきめ細かなものづくり”がキーになる」。

波多野氏が言う“ものづくり”は、「一人ひとりを大切にした“ものづくり”」と「地域の特性を重視した“ものづくり”」が中心となる。

「例えば、40年も前に、筋ジストロフィーの弟のために座面が上下する車いすを開発した卒業生がいる。この車いすを使うことで、弟は自動販売機でジュースを買えるようになり、活動範囲も広がった。この卒業生は、障害を持つ人や高齢者のために世界で1台だけの特注車いすを作り続けている。“必要とする人がいる限り、ものづくりを続ける”というのが、彼のモットーだ」と波多野氏は言う。

「品質・コスト・大量生産」といった経済の論理からは、このような発想は出てこない。この卒業生のような技術者が増えれば「“ものづくり”の明るい未来が切り拓ける」と、波多野氏は言いたいのだ。
 

さまざまな現場での体験を糧に学生の成長を促す

 「試験には、必ず答えがある。しかし、ものづくりの現場は、そうではない。答えが見えないまま、判断して進めていかなければいけないことが頻繁に発生する。だからこそ、現場で学ぶべきことは多いのだ」(波多野氏)。

技術者は、常に答えの見えない問いと向きあい、取り組んでいかなければならない。そのときどきで、状況や環境は大きく異なるため、1つの答えだけ用意していても、とても太刀打ちできない。しかし、どういった場面でも「“君がいてくれてよかった!”と言われる技術者になってほしい」と波多野氏は願っている。

例えば、派遣先の生産機械から異音が出ている場合、技術者はどうすればいいだろうか。その答えはまさにケース・バイ・ケース。本社に連絡して後日対応策を連絡する、安全性を重視しラインを停止し修理対応する、経済的な損失が出ないようにラインを動かしたまま修理対応する——などだ。これらの中から、状況や技術者の技能、優先順位を考えながら、正解を探していかなければならないのだ。そのためには、検証のために何度もトライ&エラーを繰り返し、ときにはスタート地点に戻りながら、決して諦めることなく答えを求め続ける必要がある。また現地の技術者から話を聞き、原因を突き止めていく必要もあるだろう。「うちの卒業生は、そういう技術者であってほしい」と、波多野氏は考えているのだ。

そういった技術者を育てていくには、学内で学ぶだけでなく、キャンパスの外に出て「ものづくり」の現場を体験し、糧としていく必要がある。そこで同大学は、地元宮代町をはじめさまざまな地域と協力しながら、学外での“ものづくり”を推進している。
たとえば、「宮代町の遊歩道にあるベンチ」や東武動物公園駅近くのカフェ「eco cafe MINT」は、建築学科の学生が設計したり、製作したりしてしたものだ。町おこしやイベントなどの企画・運営も行っている。

このようなさまざまな現場を体験し、多くの人たちと交わることは、学生たちにとって大きな糧となる。大学だけでは学べないコミュニケーション力、予知力を磨く現場となっているのだ。

同大学で学んだ学生が技術者として活躍するようになれば、“ものづくり”の現場は変わっていくだろう。世界を動かす技術者の卵たちを、鍛え支える活動があるからこそ、日本工業大学には、毎年多くの学生が集まって来るのだろう。
 

<取材後記>

 学内を歩く学生たちの表情はとても晴れやかだった。波多野氏のインタビューから、その理由がわかった気がした。

最近のどこの大学でも「不本意入学」が問題になっている。試験結果だけで大学を決めてしまうため、大学の特徴やその大学で学べることなどを知らずに入学してくるのだ。「不本意入学」の学生たちにとって、学生生活は決して楽しいものではないだろう。

波多野氏の話を聞いているうちに、この「不本意入学」は「経済の論理による“ものづくり”」と共通点があるように感じた。どちらも、本質から目をそらし、将来を見通すことができていないという点で、よく似ている。

“ものづくり”にしろ、学びにしろ、その本質の中には「おもしろさ」が含まれているはずだ。この本質について同大学ほどまじめに考えて実行している大学は、そう多くないだろう。

同大学では、学びや“ものづくり”の中におもしろさを見いだすことを全力で支援している。そのための仕組みや設備の導入にも余念がない。「ものづくり大国日本」の復活に、同大学が果たす役割は大きいだろう。
 

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