幕府の使節として欧米諸国を歴訪した福澤諭吉は、自らの判断・責任のもとに行動する「独立自尊」、固定観念にとらわれず科学的に事象を見つめる「実学の精神」に基づく近代教育の必要性を説き、福澤が創始者となった慶應義塾大学はその後の日本の教育制度、大学制度のモデル的存在となった。

明治期に「グローバル化」の先頭を切っていた慶應義塾が、開学から150余年を経て、新たなグローバル施策に乗り出している。商学部が2014年度からスタートさせたGlobal Passport Program(以下GPP)は、「グローバル社会で企業や組織が直面する諸問題を解決する能力を養い、世界の未来を先導するリーダーとして飛躍するためのパスポートを提供する」専門的な国際プログラムだ。

GPPをまとめる商学部の三橋平(みつはし・ひとし)教授は、「バブル崩壊後の失われた20年、大学教育でも国際化のスピードが鈍ったことは否めない。しかし、急速に社会のグローバル化が進む中で、求められる人材を育てるのが大学の役割」と語る。その一方で、「国内の私学ではトップクラスの位置にいることに甘んじず、世界からも選ばれる大学として慶應が輝き続けるための施策でもある」として、グローバル時代における大学のポジショニングも強く意識していることをにじませた。

慶應義塾大学 商学部 
教授 三橋 平 氏

 

少数精鋭、上澄み人材を徹底的に鍛える

 GPPの大きな特徴は、学業成績とTOEIC(国際コミュニケーション英語能力テスト)の点数をもとに選抜した40人のみが参加できる“少数精鋭”プログラムで、プログラムとして提供される全ての授業が英語で行われるということだ。3-4年生を対象として、多様な人材を取り入れることで参加者同士が相互に刺激しあえるよう、商学部以外からの応募も認めている。


2学期間GPPに参加し、所定の単位を取得した学生にプログラム修了の認証が与えられる。また、参加メンバーの募集と選抜は春・秋の学期ごとに実施される。つまり、一定の成績を維持しなければ、次の選抜でメンバーとして参加できない可能性もあるため、参加している学生にとっては常に緊張感があるシステムだ。

GPPのカリキュラムは「コースワーク」「ワークショップ」「アクティビティ」の3本の柱で構成。「コースワーク」は経営や会計など専門的な理論の習得と知的レベルの向上を目指すもので、学部生でありながら、大学院の入門レベルの専門性の高い内容をゼミ形式で学ぶのが特徴だ。少人数形式の授業に、ディスカッションやプレゼンテーションの機会を組み込んでいる。

「ワークショップ」では、現実に企業が直面している問題・課題を取り上げる。たとえば、世界規模の一般消費財メーカーをケースとして用いた「グローバル・サプライ・チェーンの構築、原材料調達に関するプロジェクト」、「コンビニエンスストアが海外大学のキャンパスに出店する際に生じるリスク分析と経営戦略に関するプロジェクト」、「スウェーデンとの比較から提言する日本の女性の社会進出のあり方に関するプロジェクト」、といったさまざまなテーマを設定し、理論に即しつつ、現実社会を強く意識した議論を深めていく。

「アクティビティ」は、世界最先端の企業経営者らを招き、英語での講義・討論を開催。企業訪問や海外の大学との共同研究発表会などキャンパスの外での活動も予定している。2015年には、米国のシリコンバレーの企業などを視察する計画だ。
 

「慶應でしか」学べないコンテンツと「慶應ならでは」の学ぶメソッドを目指す

 GPPのプログラムは趣旨に賛同するコーエーテクモホールディングス、JTB、国分、全日本空輸、大正製薬、東日本旅客鉄道の6社が協賛している(2014年7月現在)。従来からある寄附講座は、企業が資金を提供して授業を開設する仕組みだが、GPPが協賛企業に求めるのは、「産学連携によるグローバル人材育成」への参加だ。

単なる資金提供ではなく、企業の立場からグローバル人材育成のためのアイデアを出したり、プログラムを外部の目で客観的に評価して改善を提言したりするなど、一定の役割を担ってもらう予定だ。

三橋教授は「国際化という観点では、海外の大学との提携などを通じた留学支援も大学にとっては重要な施策。しかし、留学の促進、支援だけに注力し、海外の他大学に人材育成の役割を期待するだけでは、自らの存在価値を否定してしまう。また、日本にいながらにして留学に近い環境で学べることは、海外への留学が難しい事情を持つ学生にもメリットが大きいはず」と指摘する。

「世界中で『慶應でしか』学べない、留学するよりも慶應のプログラムで勉強したいという魅力あるコンテンツと、世界的標準とされている教科書でも、『慶應ならでは』の方法で深く学べるメソッドを用意しなければ、大学としての輝きを維持できない。GPPは参加を希望する学生にとってもチャレンジングなプログラムだが、慶應義塾にとっても世界でのプレゼンスを高め、優秀な人材を輩出し続けていくためのチャレンジの1つだ」としている。
 

<取材後記>

 三橋教授がGPPの学生数人とキャンパス内を歩いている時に、たまたますれ違った別の学生から「あっ、GPPのメンバーだ!」と憧れとも羨望ともつかぬ声があがったそうだ。4月のスタートからまだ数カ月だが、GPPは既に学内でも一目置かれる存在になっている。「優秀な学生を集める」という点では順調なスタートを切っているが、継続・発展には課題も多い。

商学部ではさらなる企業からの協賛を得たいとしているが、企業にとっては、株主から説明を求められる可能性がある特定の団体への資金拠出はハードルが高い。グローバル人材育成の意義を産業界と共有するとともに、GPPとして目に見える成果を出していくことも求められるだろう。また、バブル崩壊後に大学のグローバル化も停滞したことの二の舞とならぬよう、企業業績や景況感に左右されない資金確保の道も探る必要がありそうだ。

 

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