(写真:pr_camera/Shutterstock.com
  • ジョブ型雇用やリスキリングなど、社員の自律的なキャリア形成を促す人事制度・働き方改革がブームとなって久しい。だが、掛け声倒れになっているケースも少なくない。
  • パーソル総合研究所の小林祐児・上席主任研究員と、組織開発を手掛ける勅使川原真衣・おのみず社長が、危うい人事制度・働き方改革の潮流に警鐘を鳴らす。
  • 第1回は、各種施策が失敗する原因を議論する。背景には、能力主義の限界と「個」への過剰期待があった。(JBpress)

【対談】
(2)人事コンサルが「能力」評価で儲ける構図、「マッチョじゃない人」に研修売る
(3)ウェルビーイングやマインドフルネスに潜む危うさ、メンタルは一人で対処不能

──小林さんの連載「人事改革の落とし穴」では、昨今のジョブ型やリスキリング、副業といった人事・働き方改革のブームに警鐘を鳴らしています。こうした取り組みは、会社と社員は「対等な関係」にあるというのが建前です。しかし、実際には多くの社員は自律的にキャリアを築いて会社と対等な関係になれるほど強くなっておらず、「個」への過剰な期待が失敗の原因だと指摘しています。改めて、現状をどう見ていますか。

小林祐児・パーソル総合研究所上席主任研究員(以下、敬称略):この30年くらい「個を生かす」というトレンドはずっと続いていて、社会全体が「とにかく個が大切」というムードになっています。社員の高年齢化で人件費が上がり、終身雇用で個人の人生・キャリアを丸抱えするような関係はあり得ない、と会社側は考えています。

小林 祐児(こばやし・ゆうじ) パーソル総合研究所 上席主任研究員
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行っている。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。著作に『リスキリングは経営課題 日本企業の「学びとキャリア」考』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)など多数。(写真:村田和聡)

 他方、現実問題として「個」は一向に育っていません。転職や副業、リスキリングなど、昨今の人事・働き方の施策は「自律的なキャリア」を前提にしていますが、どの側面を見ても、横ばいかダウントレンドが見られます。個が十分に育っていないので、これらの施策のほとんどが空回りしています。

 ジョブ型を導入しポストを公募制にした会社も少なくありませんが、多くの場合、社員から手が上がらずうまくいっていません。リスキリングも、「eラーニングを導入したから自主的に学んでね」と言ったところで、8割ぐらいの人は学ばないといったことがよく見られます。笛吹けど踊らず、状態です。

 これらの失敗は全て、「個」への過剰な期待が根底にあると思います*1

*1「仮面夫婦化」する会社と個人、転職・副業・リスキリング・・・ぜんぶ幻想

──「個への過剰な期待」への疑問は、勅使川原さんの著書「『能力』の生きづらさをほぐす」にも共通していると思います。勅使川原さんは「能力」というモノサシで個人を評価し、序列をつけるような組織や人事施策の在り方に批判的ですね

勅使川原真衣・おのみず社長(以下、敬称略):私は、そもそも改善を期待されるのが往々にして「個人」であることに疑問を感じています。仕事というのは、一人ではできないですよね。チームとだったり、取引先とだったり、必ず他者との関係性の中で仕事をしています。それなのになぜ、「個人にばかり焦点を当てるのか?」と不思議です。