ポテトサラダが映し出す日本人のマヨネーズへの情熱

「栄養と料理カード」でたどる昭和レシピ(2)ポテトサラダ

2017.10.06(Fri) 三保谷 智子
筆者プロフィール&コラム概要
マヨネーズあえが定番のポテトサラダ。昭和のレシピを追っていくと・・・。

 1935(昭和10)年創刊の月刊誌『栄養と料理』(女子栄養大学出版部刊)の2号目から付録についたのが1枚の小さなカード「栄養と料理カード」。健康に留意したおいしい料理が誰でも作れるように、材料の分量や料理の手順、火加減、加熱時間、コツなど納得のいくまで試作を重ね、1枚のカードの表裏に表現。約10×13cmの使いやすい大きさ、集めて整理しやすい形にして発表した。
 この「栄養と料理カード」で紹介された料理を題材に、『栄養と料理』に約30年にわたり携わってきた元編集長が、時代の変遷をたどっていく。

 年齢や性別を問わず、ポテトサラダはごはんにもパンにも合うおかずの定番として人気。デパ地下やスーパー、コンビニの総菜コーナーには必ず並んでおり、にんじん、きゅうり、玉ねぎ入りのオーソドックスなもの、「男爵」とじゃが芋の品種を限定したものなど数種類を用意しているところもある。

 わが家でも月に数回作る。近頃お気に入りの品種は、近年出回るようになった「北あかり」。やや黄色味があり、甘味があるのでコクのある味に仕上がる。次が「男爵」。粉質だからほくほくしており、身がくずれやすい。そして、マヨネーズがじゃが芋と副材料をおいしくまとめてくれる。

 じゃが芋は洗ってラップでくるみ、電子レンジのオートキー「ゆで・根菜」で加熱。熱いうちに皮をとり除きながらスプーンでつぶして、市販のすし酢で下味をする。あら熱が取れたら、下ごしらえした野菜やハム、ゆで卵など好みの材料と合わせてマヨネーズであえる。同様にしてタラモサラダも作る。

 ドレッシングであえる芋の形を残したポテトサラダもあるが、昭和期の『栄養と料理』に登場するのはマヨネーズであえるポテトサラダ。ふり返ると・・・。

マヨネーズを作るのは“料理の基本”だった――昭和10年

『栄養と料理』1935(昭和10)年10月号の表紙と「栄養と料理カード」。卵黄1個で作るマヨネーズの材料と分量が書かれている。「瓦」はg(グラム)。
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 ポテトサラダに欠かせないのがマヨネーズ。創刊初年度にあたる1935(昭和10)年の「栄養と料理カード」では、「吸物だし、白ソース、味噌汁、マヨネーズソース、米飯、赤飯」の6つを「基本料理」として取り上げている。マヨネーズソースはその「4号」。白ソースはホワイトソースのこと。マヨネーズは、卵黄の乳化性を利用して、水(酢)と油を均一によく混ぜ合わせたソースだ。

 基本料理6つのうち2つも西洋料理のソースが入っているのには、家庭料理にも洋食を積極的に取り入れようとしていた時代背景がある。今では、この基本料理のすべてが顆粒、液体、缶詰め、個別包装、ボトル型、レトルトなどでいつでも入手できるから、作れなくてもまったく困らない。料理好きを自認する私でもマヨネーズは作ったことはない。

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三保谷智子(みほやともこ)

栄養と料理』元編集長。2011年4月から香川昇三・綾記念展示室勤務。学芸員。

東京都出身。1977年立教大学文学部史学科卒業後、香川栄養専門学校栄養士科(現 香川調理製菓専門学校)へ進学、「栄養士」の資格を取得。その後、1979年女子栄養大学出版部雑誌編集課に入職、約30年『栄養と料理』の編集に携わる。1988年より2011年まで、10年間編集長を務める。途中、同部マーケティング課、書籍編集課に在席。

独立行政法人国立健康・栄養研究所外部評価委員。「食生活ジャーナリストの会」会員、NPO法人「野菜と文化のフォーラム」会員、NPO法人「くらしとバイオプラザ21」理事。現在、『栄養と料理』で連載「レシピの変遷シリーズ」を執筆中。


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