ケリー・ジャンも音楽にフォーカスすることで、ほかのオンライン動画とは違うものにしたいと考えていた――そのせいで、アプリが公開される頃には「若者のための音楽ショート動画コミュニティ」という厄介なスローガンを採用することになる。
人々のスマホとの付き合い方から考えて、音楽はカギになるというのがバイトダンスの信条だった。白いイヤホンを耳に挿したまま歩いている人たちを最初に見たときには異様な光景だと思ったが、2010年の中頃には当たり前のことになっていた。バイトダンスのほかのアプリのユーザーを調査してみても、音楽は生活のなかにコンスタントに存在し、人々がショート動画アプリに求めているものだった。
見た目を気にする中国の若者たちにとって、もう1つ生活のなかにコンスタントに存在するのが、フィルターを使って見た目の欠点を隠してしまう技量だ。フィルターはとりわけ中国で人気で、自分の顔や体を不自然に細いスタイルに修正してしまおうという考えが受け入れられている。
バイトダンスの調査員の判断はこうだった。中国の若者たちは、他のアプリで魔法のように作りだした理想的な自分ではなく、冷たく厳しい現実にさらされた自分を見せるようなショート動画アプリには、ほとんど関心を示さないだろう。チームとしても、トウティアオのもつアルゴリズムの威力があれば、新たなアプリはライバルアプリから一線を画すものになるだろうと考えた。
ほかのアプリはどれも、動画を作成する際にユーザーにいくつものステップを踏ませようとするものばかりで、動画作成に頭から飛び込ませようとしていないように思えた。バイトダンスは動画の撮影をできるだけ簡単にしたかった。
ほかの作業をいろいろと求めると、ユーザーは逃げていってしまう。動画をバズらせる方法を考えたり、以前から人気のあったハッシュタグチャレンジのコンセプトを発展させたりするにしても、何事も運任せにしてはいけないのだ。
新しいアプリには名前が必要だった。そこで、バイトダンスは社員全員に何か提案がないか求めた。チームは何百もの候補を検討した。第一の選択肢は“A.me.”。英語ではこれを“awesome”の意味で捉えられるのでいい案だったが、中国語ではそうならない。数か月にわたって検討した結果、選ばれたのは“Douyin(ドウイン/抖音)”。これは“Shake(dou)”という動詞と“sound(yin)”という単語を組み合わせたもので、“vibrato(ビブラート)”を意味する。