仕事の原理原則も普遍的である

岩倉 大変共感しますね。僕がドラッカーの本を読んだのも、1970年代中盤のことでした。

 僕が30代の頃、チーフデザイナーとしてかかわったシビックは、本田さんが社長を退かれた後、2代目社長が率いてつくられた最初の商品なんですが、その前につくった車が大失敗で、四輪事業から撤退かという噂も出たほどでした。

 そういう状況の中、ホンダは集団合議制、つまり皆で一緒に考えてものをつくっていくという「プロジェクト制」を敷いたんですね。これは自動車業界で初めての試みだったと思うんですが、そうやってシビックはできたんですよ。

 若い世代に驚くほどの支持を得て、世界中にも受け入れられ、さぁ、次のステップアップした車をつくるぞということになりました。本田さんはリタイアはしても、夢のある人ですから、研究所には顔を出して「こういう車をつくるべきだ」と語られる。でもその期待に我々はなかなか応えられず、いろいろお叱りを受ける毎日でした。

 僕らがつくろうとしていたのは、自分たちの生活からはかけ離れた、いわゆる高級車で、そのお客様の気持ちが分からないわけです。お金持ちであったり、高齢者であったり。要は自分がお客様の気持ちになれない。

 さまざまな検討を重ねて制作を始めることになったアコードという車は、プロジェクト制に加えて、SEDシステムを採り入れたんです。これもホンダが初めて敷いたシステムで、営業・生産・開発の三者が最初からチームをつくって商品づくりをする、そういうことを試みた開発システムでした。

柳井 画期的な手法でしたね。

岩倉 営業の人たちが来る。生産の人たちも来る。それまでは研究所の中で「こんな商品をつくったら売れるに違いない」と話し合っていたところへ、いろんな考えを持った人が集まってくるわけです。

 それで営業は営業なりの、生産は生産なりの視点からこうすれば売れると話している。それを聞いていて、自分たちが性能主義、技術主義でやっていたことは本当によかったのかと疑念が生じました。

 お客様が大事なんだということは話には聞いていたけれど、直接会う機会もなかった。それがお客様の存在が身近になって、その満足がどうしたら得られるのかと考えたり、いろいろな本を読んだりする中で、本田さんや、それを支えた藤沢武夫さんがされてきたことがどういうことだったのかを、手を動かしながら、それこそ血みどろになって仕事をしている中で確かめていったということでしょうね。

 僕がドラッカーの本を初めて読んだ時は、なんだ、これは本田さんや藤沢さんが経営の現場で実際にされてきたことじゃないかと思いました。そういう意味じゃ、本当に経営をしている方も、その理論をつくり上げている方も、根本は同じではないかと。

 柳井さんが「よい経営は普遍的だ」と言われたように、30代だった当時の私も、60、70代の経営者や哲学を考える人も、年齢や職業、立場を問わず、働くことの本質は同じだという気がするんです。

*藤沢武夫:〔1910~1988〕東京都出身。実業家。昭和14年日本機工研究所を設立。24年本田技研工業に出資し、常務として入る。副社長を経て48年最高顧問。販売・経理部門を担当し、本田宗一郎とともに「世界のホンダ」を築いた。

写真=上野隆文

岩倉信弥(いわくら・しんや)
昭和14年和歌山県生まれ。多摩美術大学卒業後、本田技研工業入社。大ヒット車シビックやアコードのデザインをはじめ、日本カーオブザイヤー大賞、日本発明協会通産大臣賞、グッドデザイン大賞、イタリアピアモンテデザイン大賞など受賞歴多数。その他の代表作にアコード、オデッセイなど。デザイン室の技術統括、本田技術研究所専務、本田技研工業常務などを歴任。平成11年同社退職後、多摩美術大学教授就任。16年立命館大学経営学博士。22年より多摩美術大学名誉教授。

写真提供:共同通信社

柳井 正(やない・ただし)
昭和24年山口県生まれ。早稲田大学卒。46年早稲田大学卒業後、ジャスコ入社。47年ジャスコ退社後、父親の経営する小郡商事に入社。59年カジュアルウエアの小売店「ユニクロ」第1号店を出店。同年社長就任。平成3年ファーストリテイリングに社名変更。11年東証1部上場。14年代表取締役会長兼最高経営責任者に就任。いったん社長を退くも17年再び社長復帰。

<連載ラインアップ>
第1回 「世界」を常に意識した本田宗一郎が、部下に繰り返し投げかけた質問とは?
■第2回 ユニクロ柳井正氏は、なぜドラッカーを読んでもピンと来なかったのか? (本稿)
■第3回 「企業は誰のものか」の答えとは? 会社の本質を見抜いたドラッカーの名言
■第4回 がむしゃらに働くと、なぜ仕事は面白くなるのか?
■第5回 ユニクロ柳井正氏が捉えた、本田宗一郎とドラッカーの共通点とは?

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