写真提供:Jakub Porzycki/NurPhoto/共同通信イメージズ

 生まれながらにして頂点に立つ者などいない。人がよどみなく一体となり、偉大な「勝者」チームとなるには何が必要なのか? 本連載では、世界的ベストセラー『失敗の科学』『多様性の科学』の著者にして英『タイムズ』紙の第一級コラムニスト、マシュー・サイド氏の著書『勝者の科学 一流になる人とチームの法則』(マシュー・サイド著、永盛鷹司訳/ディスカヴァー・トゥエンティワン)から、内容の一部を抜粋・再編集。オックスフォード大を首席で卒業し、自身も卓球選手として10年近くイングランドNo.1の座に君臨した異才のジャーナリストが、名だたるスポーツチームや名試合を分析し、勝者を生む方程式を解き明かす。

 第2回は、絶望的な状況にありながら逆転勝利を収めたサッカーの名試合を振り返り、困難な状況下でパフォーマンスを強化し、奇跡を起こす方法を解き明かす。

<連載ラインアップ>
第1回 マイケル・ジョーダンの名言に学ぶ、重要な局面で「本能的な恐怖」をコントロールする」秘訣とは
■第2回 「諦めるときは死ぬとき」なのか? マンチェスター・ユナイテッドFCを奇跡の勝利に導いた強さの秘密とは(本稿)
第3回 レスター・シティは、なぜマンチェスター・シティを破ることができたのか?「社会的手抜き」を最小限に抑えるヒントとは

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「自己信頼」が、逆転勝利を導く

勝者の科学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

 2013~14年シーズンのジ・アッシズのウィンターツアーで、自分たちの代表が粉砕されるのを見たイングランドのクリケットファンと同じように、リヴァプールFCのサポーターはその日、前半の終わりにチームがとぼとぼと退場する姿を見て絶望に近いものを感じた。

 ラファエル・ベニテス率いるリヴァプールはACミランのカカ、エルナン・クレスポ、アンドリー・シェフチェンコに痛い目を見せられていた。

 3点目のゴールを決められたとき、40人ほどのファンが屈辱に耐えきれずに観客席を後にした。2005年のUEFAチャンピオンズリーグでの出来事だ。この大会に何点差で負けるのかという疑問しか、もう湧いてこなかった。

 そのときスタンドで、リヴァプールのファンの一団が歌いはじめた。「それはためらいがちに、怒りのこもった小声で始まった」と、その場にいた『タイムズ』紙のトニー・エヴァンスは書いている。

「ところが、それは突如として、文化と信念の究極の表現となった。歌が終わったとき、緊張は解け、たとえチームは打ちのめされていたとしても、4万人のリヴァプールファンはもはや打ちひしがれていなかった」

 チームもここで打ちのめされてはいなかった。スタジアムの奥にあるロッカールームで、ベニテスは決定的な戦略変更に踏み切った。スティーヴ・フィナンを下げてディートマー・ハマンを投入し、カカの独特な攻撃を無効化するように指示した。

 そしてベニテスは選手たちに語りかけた。ミランは疲れているだろうし、シーズン終盤にユベントスにセリエAのタイトルを奪われたことで、心理的に弱くなっている可能性があると主張した。ベンチに座り込んでいた選手たちも、ベニテスの話に耳を傾けはじめた。

 選手たちはピッチに戻るとき、スタンドのファンの喧騒を聞いた。そのときには誰も、その後6分以内に3点を決めること、エキストラタイムの英雄的な奮闘、そして現代で最大級におもしろいスポーツの試合となったこの日のクライマックスを飾ったPK戦を予測できなかった。