写真提供:NBAE via Getty Images/共同通信イメージズ

 生まれながらにして頂点に立つ者などいない。人がよどみなく一体となり、偉大な「勝者」チームとなるには何が必要なのか? 本連載では、世界的ベストセラー『失敗の科学』『多様性の科学』の著者にして英『タイムズ』紙の第一級コラムニスト、マシュー・サイド氏の著書『勝者の科学 一流になる人とチームの法則』(マシュー・サイド著、永盛鷹司訳/ディスカヴァー・トゥエンティワン)から、内容の一部を抜粋・再編集。オックスフォード大を首席で卒業し、自身も卓球選手として10年近くイングランドNo.1の座に君臨した異才のジャーナリストが、名だたるスポーツチームや名試合を分析し、勝者を生む方程式を解き明かす。    

 第1回は、私たちの本能である「恐怖」が失敗を引き起こすメカニズムを解説。サッカーの名監督やマイケル・ジョーダンの言葉から、人生という試合をうまくプレーする方法を学ぶ。

<連載ラインアップ>
■第1回 マイケル・ジョーダンの名言に学ぶ、重要な局面で「本能的な恐怖」をコントロールする」秘訣とは(本稿)
■第2回 「諦めるときは死ぬとき」なのか? マンチェスター・ユナイテッドFCを奇跡の勝利に導いた強さの秘密とは(9月18日公開)
■第3回 レスター・シティは、なぜマンチェスター・シティを破ることができたのか? 「社会的手抜き」を最小限に抑えるヒントとは(9月25日公開)

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勝者の科学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

 ここでダーウィンに話を戻して、恐怖の生物学的な仕組みがサッカーにおいてどのような意味を持つのかを考えてみよう。

 哺乳類に備わっているあらゆる本能と同じように、恐怖は鳥たちの生存のためにきわめて重要な役割を果たすとダーウィンは気づいた。イギリスの鳥が人間を見て逃げるのは、そのような性質を持っていた先祖たちが天敵に捕まらずに生き残ったからだ。ガラパゴス諸島の鳥がイギリスに連れてこられたら、朝食の材料にされてしまっただろう。

 これは人間にも当てはまる。生物に古くから備わっている脳の部位である扁桃体の欠損によって恐怖を感じられなくなったSM(仮名)という女性がいたが、彼女は危険な状況に身を置き続けていた。

 彼女はナイフや銃口を突きつけられたり、家庭内暴力で殺されかけたりと、はっきりと死の瀬戸際に立たされたことが何度もあった。それでも、彼女は絶望や切迫感、あるいはそのような出来事に直面した際に通常は現れるほかの行動反応を、何も示さなかった。

 このことからわかるように、恐怖とは役に立つものだ。私たち自身も子どもたちも、恐怖という感情を持っていたほうがいい。だが、恐怖は有害なものでもある。サッカーのイングランド代表には、恐怖感にとらわれてほしくない。このパラドックスをどう解消すればいいのだろう?

 ダーウィンが指摘したように、恐怖とは天敵やその他の生存を脅かす危機を避けるために進化した。だからこそ、すべての哺乳類に共通する原始的な反応はそのような危機に対処できるよう、絶妙に調整されている。敵に見つからないように、私たちは動きを止める。

 このとき胃腸の機能も抑制されるのは、消化さえも止まっているということだ。敵に発見されると、私たちは逃走する。このとき、心拍数と肺機能の高まりによって、筋肉がよく動くように刺激される。そして追い詰められて絶体絶命になったときには、私たちは戦う。この闘争・逃走・凍結挙動反応は速さが勝負のため、理性のコントロールを経ないでおこなわれる。

 しかしここでは、天敵を目の前にしているのではなく、サッカーのピッチに立っていると想像してみよう。そこで脅かされるのは生命と体ではなく、エゴと周りからの評価だ。失敗したくない、みんなに叩かれたくない――ジェラードは、「地元でどのように報道されるだろうか、どれほどの批判を受けるだろうかと、どうしても考えてしまう」と語っている。

 とても大事な場面だし、結果は現実のものなので、恐れるのは自然な反応だ(そのため、スピーチをしたり就職面接を受けたりといった、人から「判断される」状況で、私たちの大部分は闘争・逃走・凍結挙動反応を経験する)。