東京大学大学院情報学環教授の暦本純一氏とメディアアーティストの落合陽一氏。日本の情報工学をリードする第一線の研究者であり「師弟」の間柄でもある2人が、ChatGPTからデジタルネイチャーまでテクノロジーの劇的な変化がもたらす未来について語り尽くした一冊が『2035年の人間の条件』(マガジンハウス新書)だ。
今回、本書の「延長戦」として、再び2人による対談が実現。その模様を前後編の2回にわたってお届けする。前編では、AIと人間が共生する社会において、ビジネスパーソンを取り巻く環境や、ビジネスパーソンに求められる能力・価値はどのように変化していくのか、というテーマで“天才師弟”が未来を語り合った。
■【前編】【特別対談・暦本純一×落合陽一】AIと人間の共生時代、ホワイトカラーはどうすれば生き残れるのか?(今回)
■【後編】【特別対談・暦本純一×落合陽一】テクノロジーの進化が変える会社組織、「棟梁のマネジメント」が必要になる理由
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環境変化をポジティブに捉えるマインドが大事
――『2035年の人間の条件』では、AIが当たり前に社会の中に浸透する中で、これからのAIと人間の関係性について語られています。私たちビジネスパーソンを取り巻く環境はどう変化するのでしょうか。
暦本純一氏(以下敬称略) 一言でビジネスパーソンと言ってもさまざまな区分がありますが、大きく変わると思われるのが、いわゆる「ホワイトカラー」と呼ばれる人々を取り巻く環境です。
これから20~30年くらいの間に、私たちが直面するのは、産業革命に匹敵するほどの社会構造の変化です。産業革命は「封建社会の終焉」と「技術革新」の2つの要因が重なって起こりましたが、これから起こる環境変化の要因は「情報技術の革新」と「少子化」です。
その環境変化に伴い、ホワイトカラー、つまり生産に直接従事しない管理職や事務職といった職種に就いている人の大半は、言葉を選ばずに言うと、ゆくゆくはその役割を終えることになります。
落合陽一氏(以下敬称略) その兆候は既に表れていて、最近の起業家の人たちはあまり積極的に人を雇用していませんよね。会計などの事務におけるデジタル化がかなり浸透したので、極端に言えば会社は社長1人でも成り立つようになっています。
暦本 AIが普及していけば、ホワイトカラーの需要がさらに減り、ますます雇用が減っていくでしょうね。でも、変化をネガティブに捉えていては始まらない。変化をポジティブに捉えるマインドが大事だし、変化に貢献できる人は引き続き社会に必要とされるはずです。変化にポジティブな人を、AIが助けてくれるというイメージですね。
――AIが浸透した未来の社会はどうなっていくと思いますか。
落合 「ドーパミンカルチャー」という言葉があって、僕はこれが裏テーマになるのではないかと考えています。
最近のコンテンツには、視聴者にいかにドーパミンを出させるかを計算したものが増えています。TikTokのショート動画や、Tinderなど右左に瞬時に画面をスクロールするマッチングアプリはその代表例です。
今後もドーパミンを出すための学習データセットを作る人たちが影響力を強めていくようなら、みんなでドーパミンが出る方向にコミュニケーションするだけで終わる世界になっていく可能性もなくはないと思います。
暦本 確かにそうですね。考えてみれば、人類は歴史的に、変化に素早く反応することで危険を回避しながら生き延びてきました。DNA的にはパッパッと反応するのが得意と言えます。むしろ、ゆっくり映画を観たり本を読んだりするスキルは、ほんの数百年間で獲得してきたものに過ぎません。人類がもともと得意としてきた能力を呼び覚ますようなものに、ロックインしてしまうというのは確かにあり得るかもしれない。
落合 背景には、技術が進化し、数秒単位の細切れの動画を流通させるコストが下がったことがあります。かつてはドーパミンを大量に出させる動画を量産するのが難しかった。
例えば、2時間の映画の中に15秒に1回のドーパミンポイントを入れ込むのは難しいでしょう。とはいえ、ドーパミンポイントを増やすために、テレビでCMばかり流そうとしても、制作コストの面で現実的ではなかった。今のSNSは、CMしか流れていないテレビのようなものです。ドーパミンポイントが多いだけでなく、気に入らなければどんどんチャンネルを変えられる。
これからコンテンツの上層部はAIが自動生成するようになります。ドーパミンが放出されるコンテンツを今以上に絶え間なく流し続けることができるようになっていく。そうなれば、街を歩く人がひたすらスマホの画面をスワイプし続けるようなディストピアも考えられるのではないかと思います。