味の素 元取締役代表執行役副社長CDO福士博司氏(撮影:宮崎訓幸)

 祖業である調味料を中心とした食品事業の他、アミノ酸生産技術を活用したケミカル事業、医薬事業など幅広く事業を展開する味の素。今や日本を代表するグローバル企業の1社だが、一時は業績が大幅に落ち込み、株式時価総額1兆円割れにまで追い込まれた。その立て直しに副社長として大きく貢献したのが、福士博司氏だ。

 伝統企業に特有の同質性と硬直性が根付く組織風土で、どのように経営改革に取り組んだのか。2024年4月に著書『会社を変えるということ』(ダイヤモンド社)を出版した同氏に、日本の伝統企業に共通する問題点や、変革の障害となる組織風土の変え方について聞いた。(前編/全2回)

■【前編】追い込まれた伝統企業はこうして甦った 味の素元副社長・福士博司氏が語る「脱・分派経営」の極意 ※本稿
【後編】「強み」だけでは勝ち残れない 味の素元副社長・福士博司氏が語る、価値創造の鍵を握る「DNA」の見極め方 

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伝統企業に共通する「同質性」の問題点

――会社を変えたいと思っている経営者は少なくないと思います。まず「変えるべきところ」と「変えてはいけないところ」について、どのようにお考えでしょうか。

福士 博司/味の素 元取締役代表執行役副社長CDO

1958年北海道札幌市生まれ。北海道大学大学院工学研究科修士課程を修了後、味の素に新卒で入社。2004年には、働きながらUSQ(University of Southern Queensland)にてMBAを取得。アミノサイエンス事業を中心に社内で経験を積んだ後、代表取締役副社長執行役員 CDOに就任。味の素初のCDOとして全社のDXを成功させ、CDO Club JapanのJapan CDO of The Year 2020を受賞する。現在は、味の素の特別顧問を務めながら、東洋紡、雪印メグミルクの社外取締役、メンバーズ経営顧問、ネイビーズクリエイション取締役(非常勤)に就任し企業変革の実践と、そのガバナンスを中心にサポートしている。その他、日本食品添加物協会会長や日本食品衛生協会副会長として食品業界関連のマネジメントを行っている。2024年『会社を変えるということ 社員と企業が成長し続けるシンプルな本質』(ダイヤモンド社)を出版。

福士博司氏(以下敬称略) 企業には創業時の「理念」や「志」があります。いまCSV(Creating Shared Value)経営やパーパス経営を掲げている企業が多いのも、会社の“出発点”を誇りに思っていることの表れでしょう。

 ただし、日本の伝統企業の場合、創業から長い年月が経過し、創業当時とは事業環境が大きく変化しています。理念や志のコアとなるものは変えるべきではありませんが、その解釈や表現については、全てのステークホルダーが納得できるものにアップデートしていく必要があると思います。

 味の素で言えば、「おいしく食べて健康づくり」という創業の志があり、長きにわたって「食」や「おいしさ」から逸脱することがありませんでした。ところが、世界的に産業構造が変わる中、2015年ころから業績が悪化し始め、いつまでも食品企業、調味料企業のままでいいのかという疑念が生じました。

 それでも、効果的な手を打てないまま2019年には株価が1600円台にまで下落し、一時は1兆5000億円を超えていた時価総額が1兆円を割ってしまった。結果的には、それが変革のきっかけとなりました。

――なぜ、経営への疑念から変革へと動き出せなかったのでしょう?

福士 いつの間にか経営陣が「同質集団」になっていたのだと思います。

 味の素は海外食品事業で大きく成長したため、その当時も「グローバルトップ10クラスの食品企業」を目指すことが規定戦略であり、規模拡大のためのM&Aを繰り返していました。ところが、牽引役だった新興国の経済成長に陰りが見え、そのあおりでM&Aが立て続けに失敗しました。それでも経営陣は「成長ドライバーは海外食品である」という立場を崩さず、異論を認めなかったのです。

 これは味の素に限った話ではなく、日本の多くの伝統企業に見られる共通点だと思います。副社長兼CDO(チーフ・デジタル・オフィサー)就任後、私はCDO Club Japanに入会して他の大企業のCDOと交流を重ね、また複数社の社外取締役も務めました。

 そうした中で他企業の内部事情を知るにつれ、硬直的な人事制度や予定調和的な経営会議での意思決定など、味の素と共通する点が多いことに気付いたのです。いずれも、小城武彦さん(現・九州大学教授)が著書『衰退の法則 日本企業を蝕むサイレントキラーの正体』(東洋経済新報社)で喝破していることと見事に一致します。