一橋大学名誉教授 野中郁次郎氏、フロネティック代表取締役 多摩大学大学院教授 川田英樹氏(撮影:木賣美紀)

「ワールドカップ史上最高のチケット完売率99%」「ボランティア活動の満足度89.5%」などの記録を残し、国際統括団体であるワールドラグビーから「過去最高のホスト」と評されたラグビーワールドカップ2019日本大会。その大会を指揮した組織委員会は、国際イベントの未経験者が大半を占める状態からスタートした。さまざまな困難に直面しつつも、日本初・アジア初の大会をいかにして成功に導いたのか。その舞台裏を明らかにしたのが、故野中郁次郎氏・川田英樹氏の共著『世界を驚かせたスクラム経営 ラグビーワールドカップ2019組織委員会の挑戦』だ。野中氏の生前、両氏にインタビューを行い「組織がイノベーションを生み出すには何が必要か」「前例のない日本型の大会がなぜ成功したのか」など、話を聞いた。(前編/全2回)

本稿は「Japan Innovation Review」が過去に掲載した人気記事の再配信です。(初出:2024年1月18日)※内容は掲載当時のもの

成功の事実の裏にある「なぜそう考えたのか」を考える

――お二人の共著『世界を驚かせたスクラム経営』の第Ⅰ部では「物語り」の形式でラグビーワールドカップ2019の舞台裏を紹介し、第Ⅱ部では「知識創造理論」の観点からイノベーションを生み出す組織について洞察を加えられています。本書を通じて、読者に最も伝えたかったのはどのようなことでしょうか。

川田英樹氏(以下敬称略)「日本初・アジア初のラグビーワールドカップを見事に成功させた組織委員会」と聞くと、有名プロジェクトを率いた経験のあるメンバーの集まりだと思うかもしれません。しかし、実際はそうではありませんでした。組織委員会のメンバーのほとんどは、国際イベントの経験を持たない多種多様な価値観を持つ人たちが、色々なところから一人、また一人と集められてできた組織でした。

 本書では、そんな右も左もわからない状態でスタートした組織が数々の難問をどのように乗り越えたのか、いかにしてプロジェクトを成功に導いたのか、一つの物語りとして描いています。

 プロジェクトを進める過程では、一人ひとりが知恵を出し合い、目の前の現実から経験的に学び、時には役割を大きく超えて動くことで自律的にリーダーシップを発揮しました。本書のタイトルに「スクラム経営」とありますが、まさにラグビーのスクラムを組むようにチーム一丸となって共創する組織に変わっていったといえます。

「スクラム経営」の物語りには、「この仕事は何のためにやっているのか?」、さらには「自分はどう生きるのか?」という問いが垣間見えます。組織委員会というチームのあり方から、そういった一人ひとりの思いや考えを感じ取り、皆様の気づきに変えてもらえればと思います。

野中郁次郎氏(以下敬称略) ただ単に起こった事実を並べるだけでなく、「なぜか?」という理由、つまり因果関係も物語ることが「物語り(ナラティブ)」の本質です。本書で組織委員会の舞台裏を物語りとして伝えたのは、「なぜか?」の部分を伝えることが必要だったからです。

「ラグビーワールドカップ史上初めて、台風による試合中止を決めた」「台風が襲来し試合の開催が見えない中でも、自主的にボランティアが集まった」というように目を引く事実も描かれていますが、そういった客観的事実の背後にある意味、つまり「なぜ、そう考えたのか」「なぜ、そのように動いたのか」という一人ひとりの思いを感じてほしいと思っています。