ノンフィクション作家 野地秩嘉氏(撮影:内藤洋司)

 2021年3月期決算、伊藤忠商事(以下、伊藤忠)は純利益・株価・時価総額という3つの指標で総合商社トップを獲得した。非財閥系であると同時に、繊維や食品などを中心に扱う非資源分野の商社が、なぜここまで登り詰めることができたのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉氏は著書『伊藤忠――財閥系を超えた最強商人』で、同社の発展の軌跡を徹底取材によって解き明かした。前編となる本記事では、野地氏が伊藤忠に注目した理由や、同社を総合商社トップへと導いた経営の舞台裏について話を聞いた。

本稿は「Japan Innovation Review」が過去に掲載した人気記事の再配信です。(初出:2023年8月21日)※内容は掲載当時のもの

■【前編】「か・け・ふ」経営で商社三冠王、徹底取材で見えてきた伊藤忠の強さの秘密(今回)
■【後編】自社都合は封印、伊藤忠が実践した「徹底したマーケットイン」の取り組みとは

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伊藤忠について書くきっかけとなった「2人の重要人物」

――今回なぜ、伊藤忠に着目されたのか教えてください。

野地秩嘉氏(以下敬称略) 伊藤忠に関する本を書こうと思った理由は2つです。

野地秩嘉/ノンフィクション作家

1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務、美術展のプロデューサーなどを経てノンフィクション作家に。『TOKYO オリンピック物語』(小学館文庫)でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。『キャンティ物語』(幻冬舎文庫)、『サービスの達人たち』『トヨタ物語』(新潮文庫)、『高倉健インタヴューズ』(小学館文庫)、『スバル ヒコーキ野郎が作ったクルマ』『日本人とインド人』(プレジデント社)、『京味物語』(光文社)、『警察庁長官 知られざる警察トップの仕事と素顔』(朝日新聞出版)など多数の著書がある。

 1つ目の理由は、私の妻が伊藤忠で働いていて、そのときの上司が伊藤忠で前社長を務めた小林栄三氏だったこと。この方は「こんな人が世の中にいるのか」というくらいの人格者。そんな人が率いる会社だから、きっと良い会社なのだろうと思っていました。

 もう1つの理由は、伊藤忠の中核人物であった瀬島龍三氏に興味を持っていたこと。この人物は山崎豊子さんの小説『不毛地帯』の主人公のモデルになっていて、東大よりも難しいといわれた陸軍大学を首席で卒業した後、大日本帝国陸軍大本営参謀を務めた経験を持ちます。終戦後は11年間のシベリア抑留を経て、伊藤忠に入社しました。

 戦時中には陸軍参謀、戦後は伊藤忠の会長や内閣総理大臣の顧問など政財界で活躍し、「昭和の参謀」と呼ばれていました。このような経歴を持つ瀬島氏について、一度どこかできちんと書いておきたいと思っていました。

 こうした2つの理由から、5年ほど前に伊藤忠をテーマにすることを考えはじめ、2022年12月の出版に至りました。