近年、新聞やニュースでも多く取り上げられるようになった「経済安全保障」。グローバル化する「経済」は、国家の安全保障という文脈にどのように関連するのだろうか。本連載では『経済安全保障とは何か』(国際文化会館地経学研究所編/東洋経済新報社)から、内容の一部を抜粋・再編集。米中・日米・日中関係をはじめ、デジタル・サイバー、エネルギー、健康・医療、生産・技術基盤の領域において、これからの日本はどのような国家戦略をとるべきなのか、各分野の第一人者が分析・提言する。
第4回は、インターネットでグローバルにつながるデジタル空間に、経済安全保障が重なり合った現代の国際社会の構図から、サイバーセキュリティにおける課題を考える。
<連載ラインアップ>
■第1回 日本が経済安全保障戦略で「黒字国」から「赤字国」に転落した3つの構造的理由
■第2回 経済社会秩序を守る「経済安全保障」政策の展開は、なぜ政府にとって困難を伴うのか?
■第3回 「中国は戦略的競争の相手国」米国が対中強硬路線を鮮明にした経済安全保障上の理由とは?
■第4回 コロナ禍やウクライナ侵攻で浮き彫りとなった、サイバー空間における経済安全保障の課題とは?(本稿)
■第5回 国家安全保障の要と言えるエネルギー産業、日本の供給体制はなぜ脆弱なのか
■第6回 英国はなぜ国家間のコロナワクチン争奪戦に勝利し、世界初の接種を実現できたのか
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サイバーセキュリティ新時代に
2020年からの3年余りにわたり、人類はグローバルパンデミックを経験した。これによってデジタル技術とインターネットによって構成されるサイバー空間の恩恵や課題をほとんどすべての人が意識する歴史的な経験を共有した。同時に、サイバー空間の濫用や悪用による新たなインシデントも多数経験した。
特に、電子メールの添付ファイルを用いた技法としては古典的であった攻撃に暗号通貨による身代金要求が組み合わさることによるランサムウェア攻撃は、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)に苦しむ医療機関やエネルギーなどの重要インフラストラクチャーへの致命的な打撃を与え、コロニアル・パイプライン、ワクチン製造など命に関わるインフラに対しても極めて有効な攻撃となってしまった。
サイバー空間の新たな緊張は空間的なつながりだけではなく、サプライチェーンの産業構造的な連続性による新たな脆弱性をも浮き彫りにした。
そして、2022年2月24日に開始されたロシアによるウクライナ侵攻は、COVID-19までに経験され対応されてきたサイバーセキュリティに関するアクター、対象領域、目的、攻撃技術などのあらゆる面で新しく真剣な事象が発生した。
それにともない、ロシアとウクライナの当事国に限定しない、グローバルに連結するすべてのデジタル社会における有事や安全保障に関するサイバーセキュリティの体系化の必要性を思い知らされる、別の意味での歴史的な契機となった。
特に我が国にとってはこの期間、2020年の新しいデジタル社会のためのデジタル社会形成基本法、そして、それに伴う2021年のデジタル庁の設置、さらに、2022年の岸田内閣におけるデジタル田園都市国家構想、2023年にはデジタル行政改革会議の発足と、めまぐるしくデジタル社会への変革を推進していた。
その最中にこのような新たなサイバーセキュリティに対する状況が変化したことにより、サイバーセキュリティが同じ時期に生まれた経済安全保障政策の核となる領域として国民に認識され、社会に組み込まれなければならないとの認識が確立した。
そして、2022年5月には経済安全保障推進法が成立し、デジタル社会を前提とした、サプライチェーンなどの経済活動と安全保障の統合的な視点での政策が実行されることとなる。