東京電力フュエル&パワーと中部電力が共同出資する「JERA(ジェラ)」が神奈川県横須賀市で大型の石炭火力発電所を建設中の様子(2021年時点)
写真提供:共同通信社

 近年、新聞やニュースでも多く取り上げられるようになった「経済安全保障」。グローバル化する「経済」は、国家の安全保障という文脈にどのように関連するのだろうか。本連載では『経済安全保障とは何か』(国際文化会館地経学研究所編/東洋経済新報社)から、内容の一部を抜粋・再編集。米中・日米・日中関係をはじめ、デジタル・サイバー、エネルギー、健康・医療、生産・技術基盤の領域において、これからの日本はどのような国家戦略をとるべきなのか、各分野の第一人者が分析・提言する。

 第5回は、国民生活や経済活動の根幹を支えるエネルギーの視点から、めまぐるしく変化する国際情勢や、日本が抱える安定供給の脆弱性について考察する。

<連載ラインアップ>
第1回 日本が経済安全保障戦略で「黒字国」から「赤字国」に転落した3つの構造的理由
第2回 経済社会秩序を守る「経済安全保障」政策の展開は、なぜ政府にとって困難を伴うのか?
第3回 「中国は戦略的競争の相手国」米国が対中強硬路線を鮮明にした経済安全保障上の理由とは?
第4回 コロナ禍やウクライナ侵攻で浮き彫りとなった、サイバー空間における経済安全保障の課題とは?
■第5回 国家安全保障の要と言えるエネルギー産業、日本の供給体制はなぜ脆弱なのか(本稿)
第6回 英国はなぜ国家間のコロナワクチン争奪戦に勝利し、世界初の接種を実現できたのか

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「経済安全保障」とエネルギー

経済安全保障とは何か』(東洋経済新報社)

 私たちの生活は大量のエネルギー消費の上に成り立っている。家庭での電化製品の使用、車や公共交通機関の利用、食料品の生産や流通に至るまで、ほぼあらゆる活動にエネルギーが必要である。

 エネルギーは「経済の血液」とも呼ばれるように、日々の生活や経済活動の根幹を支える、国家にとって必要不可欠な戦略物資である。そのため、エネルギーの安定的な供給を維持すること、すなわちエネルギー安全保障はあらゆる国にとって非常に重要な課題である。

 しかし、国際エネルギー情勢はここ数年で一変した。中国の急速な台頭と米中対立がもたらすサプライチェーン再構築の流れ、欧州各国のエネルギー転換政策にリードされる形で世界中に広がったカーボンニュートラル、ガソリン車から電気自動車への移行の本格化に加え、新型コロナウイルスのパンデミック、ロシアによるウクライナ侵攻が起こった。

 パンデミックにより石油・天然ガス等のエネルギー価格は一時大幅に下落したが、需要の回復等に伴い、2021年後半から高騰に転じた。ウクライナ侵攻では、世界最大の天然ガス・石油産出国であるロシアにエネルギー資源を依存していた国は、制裁と供給不安の間の深刻なジレンマに陥ることになり、特にロシアへの依存度が高かった欧州のガス価格は過去に見ない異常な高値となった。

 エネルギーが資源国の武器としての存在感を増す中、ウクライナ侵攻は遠く離れた日本にも資源価格の高騰という形で影響を及ぼし、「日本のエネルギー安全保障をいかに確保するか」という重い課題が、国内でも改めて広く認識されることとなった。

 2022年5月、岸田文雄政権のもと「経済安全保障推進法」が成立した。同法は「供給網の強化」、「基幹インフラの安全確保」、「先端技術の開発支援」、「特許の非公開化」の4本柱で構成され、2本目の柱「基幹インフラ」の筆頭として同法は電気・ガス・石油などのエネルギー産業分野を指定する。

 同法の法案概要は、「基幹インフラ役務(電気・ガス・水道等)の安定的な提供の確保は安全保障上重要」であることを明記し、具体的には、事業者に対し、特定重要設備を導入したり、維持管理等を委託したりしようとする場合の事前審査制度などの施策を導入することで、エネルギーの安定供給を追求していく方向性を示した。

 法制の念頭にあるのは、中国やロシアへの対抗であると考えられ、小林鷹之経済安全保障担当大臣(当時)は、上記の施策は規制的なアプローチでエネルギー供給の経済面を強化していくと説明した。