近年、新聞やニュースでも多く取り上げられるようになった「経済安全保障」。グローバル化する「経済」は、国家の安全保障という文脈にどのように関連するのだろうか。本連載では『経済安全保障とは何か』(国際文化会館地経学研究所編/東洋経済新報社)から、内容の一部を抜粋・再編集。米中・日米・日中関係をはじめ、デジタル・サイバー、エネルギー、健康・医療、生産・技術基盤の領域において、これからの日本はどのような国家戦略をとるべきなのか、各分野の第一人者が分析・提言する。
第1回は、典型的な「赤字国」と言われる日本の経済安全保障上の構造的問題点や、国家安全保障に経済力をリンクさせるために求められる姿勢について考える。
<連載ラインアップ>
■第1回 日本が経済安全保障戦略で「黒字国」から「赤字国」に転落した3つの構造的理由(本稿)
■第2回 経済社会秩序を守る「経済安全保障」政策の展開は、なぜ政府にとって困難を伴うのか?
■第3回 「中国は戦略的競争の相手国」米国が対中強硬路線を鮮明にした経済安全保障上の理由とは?
■第4回 コロナ禍やウクライナ侵攻で浮き彫りとなった、サイバー空間における経済安全保障の課題とは?
■第5回 国家安全保障の要と言えるエネルギー産業、日本の供給体制はなぜ脆弱なのか
■第6回 英国はなぜ国家間のコロナワクチン争奪戦に勝利し、世界初の接種を実現できたのか
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日本の経済安全保障の3つの“赤字”構造
日本は、欧米諸国とともに対ロ制裁国連合に加盟している。ロシアの大手7行の国際銀行間通信協会(SWIFT)からの排除、ロシアの中央銀行の外貨準備の海外運用分の凍結、ロシアに対する貿易面での最恵国待遇の停止、欧州へのLNG備蓄の緊急融通、ウクライナへの防弾チョッキの提供、ウクライナ避難民の受け入れ、などG7としての協調行動を実施している。
しかし、経済制裁が長期化し、それも中国を巻き込んだ米欧日ブロックと中露ブロックの対立が先鋭化すれば、世界経済はかく乱され、経済安全のリスクが大きくなることは避けられない。安全保障を米国に頼り、輸出・投資を中国に頼る日本は厳しい状況に置かれる。
一般に、一国の安全保障に関しては、“黒字国”と“赤字国”という概念が用いられることが多い――たとえば、米国は圧倒的な“黒字国”、ポーランドやウクライナは歴史的に“赤字国”というふうに――が、日本は典型的な“赤字国”、それも構造的な“赤字国”であることを忘れてはならない。
その赤字として、①エネルギー・資源の海外依存度が高い、②サイバーセキュリティが弱い、③経済制裁・経済封鎖に弱い、の3つを挙げることができる。
第1に、日本は、G7の中でも1次エネルギー自給率(2020年)が11%しかない(石油0%、ガス3%、石炭0%)。自給率が100%を超える米国とカナダは別としても、英国(75%)、フランス(55%)、ドイツ(35%)、イタリア(25%)と比べても際立って低い。
なかでも石油は、政情不安定な中東の産油国からの輸入が多い。輸入原油がペルシャ湾のホルムズ海峡を抜けて輸送されるいわゆるホルムズ海峡依存度(2018年)で見ると、日本78%、韓国63%、インド61%、中国36%である。2019年6月、安倍晋三首相(当時)がイラン訪問中、何者かがホルムズ海峡を運航中の日本関連船籍のケミカル・タンカーを攻撃したことは記憶に新しい。
1980年代のイラン・イラク戦争の際、イランが石油タンカーを攻撃した事例もある。日本はまた、レアアース、コバルト、マンガン、リチウム、ガリウム、インジウム、セレン、プラチナ、ウランなどほとんどの戦略的鉱物資源を海外に依存している。