約1800年前、約100年にわたる三国の戦いを記録した歴史書「三国志」。そこに登場する曹操、劉備、孫権らリーダー、諸葛孔明ら智謀の軍師や勇将たちの行動は、現代を生きる私たちにもさまざまなヒントをもたらしてくれます。ビジネスはもちろん、人間関係やアフターコロナを生き抜く力を、最高の人間学「三国志」から学んでみませんか?
6人の天才参謀たちの戦い方、それは似ているのか違うのか?
過去の記事でご紹介した参謀、軍師のうち、今回の記事では荀彧、郭嘉、司馬懿、周瑜、魯粛、諸葛亮の6名を選びました。選んだ軍師の戦うスタイルを分析し、彼らの戦い方、勝ち方に共通点があるか、むしろ違うことで強みを生み出しているのかを考察します。
彼らはいずれも、三国志時代に活躍した頭脳明晰さで抜きん出た人物で、戦闘指揮官もしくは行政管理者として卓越した成果を上げました。彼らの戦い方、勝ち方を通じて「本当に賢い人物の攻め方」を学んでみましょう。
諸葛亮と司馬懿、秩序の力VS臨機応変の力
劉備軍団を天下の一角に飛躍させた諸葛亮。その政治的手腕は後世まで高く評価されました。一方の司馬懿は、魏の武将として最後まで諸葛亮と対峙し、諸葛亮と蜀の北伐を食い止めた神算鬼謀の戦闘指揮官です。
諸葛亮の力は、統率と秩序の確立による「組織力の最大化」だと思われます。
『諸葛亮は丞相になると、民衆を慰撫し、踏むべき道を示し、官職を少なくし、時代にあった政策に従い、まごころを開いて、公正な政治を行った』(書籍『正史三國志群雄銘銘傳』より)
諸葛亮は、「蜀科」と呼ばれる法律も制定しており、国家経営の基礎として社会に安定と規律をもたらしています。これらのことから、諸葛亮のもっとも得意な戦い方は正しいルールの制定による「組織力の最大化」だと想定されます。
赤壁の戦い後、劉備の入蜀では益州を攻略する戦いの後半に、諸葛亮たちも参加していますが、張飛や趙雲など武将とともに、戦いながら北上して劉備と成都で合流する作戦を成功させています。
分進合撃に近い戦闘では、組織全体により高い統率力が求められます。味方が分かれて進軍し、敵も分散した形で守るわけですから、組織的な統率力や各部隊の効率性が高いほうが、複数方面で戦争を進める場合には有利になります。まさに組織力が要求されるのです。
諸葛亮は、組織力を極限まで高めることで、勢力的には他の2強(魏・呉)に劣る状況をカバーしようとしました。これはゆっくり展開する状況においては最強のスキルだといえます。ただし、これは敵将の司馬懿からは、戦闘指揮官として落第とされてしまいます。