人的資本経営を実践するエーザイが2023年度に初めて発行した報告書「Human Capital Report」。人的資本に関する同社の取り組みやさまざまなKPIについて開示しており、多くの反響を呼んだ。2年目となる2024年度版も公開され、同社が抱える人事の課題も明確に示している。なぜここまで開示するのか。エーザイ 執行役チーフHRオフィサーの真坂晃之氏、グローバルHR 戦略企画部長の志方幸道氏、グローバルHR戦略企画部 戦略グループ長の三瓶悠希氏に狙いを聞いた。
内部通報に関する数字まで公開する理由
――エーザイでは2023年度からHuman Capital Report(以下、HCR)を発行しています。「人」に関する各KPIが公開されており、その中には従業員からの「相談通報件数(国内本社受理)」も含まれています。これほど内情を明らかにする理由はどこにあるのでしょうか。
真坂晃之氏(以下敬称略) 当社の人的資本経営に対して、社内はもちろん、社外の方からも忌憚(きたん)なき意見をいただきたかったというのが一番の理由です。そのためには、ありのままを公開するのが良いと考えました。
また、欧州ではCSRD(企業サステナビリティ報告指令)という新たな情報開示義務が設けられました。今後は私たちもその対応が必要になり、内部通報に関する数字などの開示が求められます。内部通報件数は一見するとネガティブな情報に捉えられかねませんが、社内で内部通報が機能しているかどうかの指標でもあり、件数はある程度多いほうが望ましいと言われています。であれば、今からこうした情報もレポートで公開していこう、と考えたことも理由の一つです。
7月に発出したHCR2024では「内部通報に基づく調査実施件数」や「懲戒件数」なども開示し、さらに踏み込んだ内容としています。こうした情報まで出すのは、会社が本気で人的資本経営に取り組むという強いメッセージになります。ヒューマン・ヘルスケアを理念に置く企業として、“人”の領域における課題や改善点を積極的に開示した方が良いという思いがあったのです。
――他の経営陣も、そうした情報を開示することには前向きだったのでしょうか。
真坂 そうですね。理由の一つとして、2022年度に会社の定款を変更したことが大きいと考えています。私がCHROに就任したこの年、従来の定款の内容に加えて、人権及び多様性の尊重、自己実現を支える成長機会の充実、働きやすい環境の整備といった文言を追加しました。定款は株主の半数以上からの同意が必要であり、未来に対する株主への“約束”です。それがここまで開示する姿勢につながったと私は考えています。
志方幸道氏(以下敬称略) 2023年度に初めてこのレポートを出したところ、想定以上の反響をいただきました。他の企業からも情報交換を求めるご要望があり、コミュニケーションツールとしても価値を持ったと捉えています。
一方で、このレポートは誰に向けたものなのか、ターゲットが不明瞭というご意見や、グローバル企業でありながら国内の情報が大半ではというご指摘もいただきました。2024年度版では、これらの改善にも力を入れています。