元々は乳がんの治療薬として使用されてきた抗がん剤が一部の胃がんに効果のある可能性を研究で突き止め、その後の適応拡大へとつなげたのが現在中外製薬の上席執行役員を務める大内香氏である。長らく“現場の一研究者”にこだわり続けた同氏は、ある経験を契機に、それまで敬遠していたマネジメント職の道を歩み始めた。今は自身の経験を生かし、同社の女性活躍を推進する立場となっている。大内氏のキャリアにおける転機と、同社の女性活躍における現在地を聞いた。
「日本としてすべきこと」の模索が生んだ適応拡大
――それまで乳がんの治療薬として使われていた薬剤が胃がんにも効果があると考えた経緯は、どのようなものだったのでしょうか。
大内香氏(以下敬称略) 私は1987年に日本ロシュ(2002年に中外製薬と統合)に入社し、長く研究者としてキャリアを積んできました。その薬剤はロシュグループが開発したもので、日本では2001年から登場し、乳がん治療に活用されてきました。私は日本ロシュで「育薬研究」という、すでに発売された薬の適応拡大や新たな使い方の検証を行う職務に従事しており、その中で、その薬剤を胃がんにも使えないかと検証したのが始まりです。
ロシュグループの本拠地はスイスにあるため、欧米に多いがん種が研究される傾向にありました。一方、アジアでは当時、胃がんが深刻な問題になっており、私たちは「日本ロシュとしてこの課題にアプローチしたい」という思いを強く持っていたのです。
当時、私は乳がんの非臨床モデルを用いてその薬剤の特性を分析していく中で、研究者としての感覚から胃がんにも効果があるのではないかと感じていました。そこで動物への投与による「非臨床試験」を行うと、良好な結果が出たのです。その科学的根拠がきっかけとなって胃がんへの適応拡大検討は現実的になりました。
上記の非臨床試験の結果が出るまでは、グローバル本社(以下、グローバル)ではこの取り組みに必ずしも積極的とは言えませんでした。なぜなら、実はそれまでもその薬剤の適応を乳がん以外にも広げようと他のがんで臨床検討したものの、成功につながらなかったためです。そのため別のがん種への適応拡大は「行わない」方針になりつつありました。
しかし、ロシュの良いところは「エビデンスに基づいて判断をする」、つまり結果があれば動き出すところです。先ほどの非臨床試験で良好な結果が出たことで、グローバルでの治験開発が動き始めました。
――今まで他のがん種への検証で成果を得られていなかったにもかかわらず、それでも胃がんへの適応を実現できた要因はどこにあったと感じますか。