医療用医薬品で国内トップクラスのメーカーである中外製薬。国産初の抗体医薬を創製するなどバイオ医薬品の開発で高い技術力を誇ることでも知られる。先端デジタルの活用は、新薬開発プロセスの高度化やビジネス領域だけではない。バックオフィス業務の効率化と可視化により、経営リソースの最適配分を決める重要な役割も担っている。同社CFOの板垣利明氏が目標に掲げる、部門を横断する共通言語としてのファイナンス環境の実現へ、組織とシステム両面の改革がペースを上げている。(インタビュー・文/指田昌夫)
創薬メーカーに求められる財務戦略とは
――創薬ビジネスは、開発、臨床を経て認可され、市販されるまでに10年もの時間と莫大な開発費を要します。そのため、通常の企業とは異なる財務戦略が必要になるのでしょうか。
板垣利明氏(以下・敬称略) 当社は、病院で医師が患者さんに対して使用する治療薬に特化した創薬メーカーとして、特異な事業スタイルを持っています。おっしゃるように、そのビジネスは極めてリードタイムが長く、大きな投資が必要です。そのうえ、不確実性が高いビジネスでもあります。フェーズ1、フェーズ2、フェーズ3と10年ほどかけて開発が進んでも、場合によっては薬が上市できずに失敗することもあります。
それでも当社は、「2030年に、ヘルスケア産業で世界トップのイノベーターになる」ことを目標に掲げています。たとえ困難な道でも、新たな薬を生み出すためにチャレンジし続けていくことを宣言したのです。
ただし、企業として使えるお金、人材などのリソースには限りがあります。ビジョンを実現するために、財務経理部門として何をすべきかを考え、プロダクトの「ライフサイクルマネジメント」に着目しています。加えて、プロダクトのカテゴリーごとの管理も強化しています。ポイントは、チェックポイントを細かくして、常にローリング(見直し)しながら開発を進めることです。
研究開発段階では、プロダクトが最終的に成功するかわかりません。そこで途中段階にマイルストーンを設け、重要なマイルストーンについては、複数のシナリオを作ってシミュレーションを行います。例えば、特定の医薬品の市場が縮小すれば、この分野の製品群は領域が狭まるため、投資見直しの対象とするといったことを分析、評価しながら、検討を繰り返しています。
この作業は、財務部門だけで進められることではありません。臨床、マーケティング、開発など、各部門から「機能リーダー」というメンバーを集め、チーム体制でプロダクトのライフサイクルプランを作って事業価値を算定、どれだけの投資が必要かをはじき出します。これを全社のビジネスプランに組み込んで、優先順位に応じて必要なリソースの再配置を実施する流れです。
1品ごとの開発状況を細かくチェックし、長期間にわたるシミュレーションを繰り返しながら、毎年のローリングによって全体計画の見直しも行うことで、計画実行の精度を高めていくのが、当社の基本的な財務戦略です。
当社のこの方式は、2000年代に入ってから構築したものです。それ以前は、どうしても機能軸で業績を管理していました。研究開発部門、臨床部門といった縦のサイロで管理していたため、製品はその間を通り過ぎているだけの状態でした。
そのころ、当社の戦略パートナーであるスイスのロシュは、縦だけでなく、1個の製品という横の軸も加えて、マトリクスで事業を見る方式を実現していました。そこで中外製薬としてもその方式を採り入れつつ、日本に必要な要素を加えてマトリクスの管理を行っています。
事業部門に横串を入れた経営管理を可能にするには、現場からファイナンス情報を吸い上げ、本社部門とのベクトルを揃える機能が必要です。そのために重要な役割を担う組織が、「ファイナンシャルビジネスパートナー」です。