日立グループのサステナビリティ戦略は、2017年当時の日立製作所 会長である中西宏明氏による「非財務価値を目指す長期戦略」として立案、実施を求められたことから始まる。政府による「SDGs推進本部」が設置され、ESG投資も活発になる中、日立製作所が社会とどう向き合い、持続可能性にどう寄与するか、プランを作り、具体的に動くことが急務となったのだ。今回は、この命を受けた同社サステナビリティ推進本部 主管 増田典生氏に、日立グループが何を考え、何を大事にしてサステナビリティ戦略に至ったかを聞いた。

社会の持続可能性の担保が、日立のサステナビリティ戦略

増田 典生/日立製作所 サステナビリティ推進本部 主管 兼 一般社団法人ESG情報開示研究会 共同代表理事

1985年日立ソリューションズ入社。2015年4月日立製作所へ転籍。2017年度から2019年度までサステナビリティ推進本部企画部長として日立グループのサステナビリティ戦略構築・推進に従事。2020年4月よりサステナビリティ推進本部主管(現任) 。2020年6月一般社団法人ESG情報開示研究会設立と同時に共同代表理事に就任(現任)。2022年4月より京都大学経営管理大学院特命教授(現任)。

 日立グループのサステナビリティ戦略は、経営戦略のど真ん中に位置しています。外側とか傍流じゃなくてトップオブトップ、一番コアな戦略です。日立にはいろいろな戦略がありますが、その全ての目的はただ1つ、日立の持続的な成長です。そのために何が必要か。われわれは社会の一員ですから、社会が持続しなければ日立も持続できません。だから、社会の持続可能性を担保することが、日立のサステナビリティ戦略なのです。

 現在、日立は、取締役会、経営会議のすぐ下にサステナビリティ推進会議を置き、脱炭素に加え、革新的な製品やソリューションによる新たな価値の創出、ステークホルダーに向けたESG情報の開示などを推進しています。

 もともと日立がサステナビリティ戦略を進めるようになったのは、経団連の会長も兼任していた日立製作所の会長、中西*1の思いなのです。2017年当時、目に見える売り上げにまつわる財務戦略はあるが、目に見えない非財務な価値を目指す長期戦略がない。だから、それを作ってほしいと依頼されました。その時、誰一人取り残さない持続的な社会を目指すSDGsを国連が提唱していましたので、そこで示されている17の目標、169個のターゲットを参考にすればよいとも言われました。

 早速、同年サステナビリティが進んでいる欧州にある日立ヨーロッパのメンバーなどと議論を進めました。翌年、欧州委員会や現地の先進企業からも意見を聞き、日立のサステナビリティ戦略を決定しました。

サステナビリティに必要な項目を日立とそのステークホルダーの視線で徹底評価。優先順位を決定した
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 SDGsとの関連では、われわれが実践している事業領域が貢献できると判断し、ヘルス事業から「3:すべての人に健康と福祉を」、水事業から「6:安全な水とトイレを世界中に」、エネルギー事業から「7:エネルギーをみんなにそしてクリーンに」、社会インフラや産業基盤への関与から「9:産業と技術革新の基盤をつくろう」「11:住み続けられるまちづくりを」の合計5つをピックアップして、日立グループが社会に貢献できると表明しています。

 また、日立グループは、サステナビリティ戦略を自社の成長に寄与するドライバーとも発言しています。われわれは私企業なので「利益の追求、飯の種を探す、作る」を目的にしています。私はよく言うのですが、飯の種にも「今日の飯の種と明日の飯の種と明後日の飯の種」があると。目の前の収益や業績はしっかり刈り取る、これが今日です。これを年次計画とすれば、3年計画が明日、その先が明後日です。今日も大事だけど、先を見据えないとやがて干上がってしまいます。中長期にわたる事業機会やビジネスを探すことが、将来の種まきであり、サステナビリティの部分だと私は思っています。

「サステナビリティ戦略は成長ドライバー」と発信することは、私たちの会社の目指すところを対外的に理解してもらうためですが、社内に対して「将来の種まきが大事だよ」と伝える意味もあります。
*1:中西宏明氏。リーマンショック後の日立を立て直す。2021年6月27日没

業務評価制度の中に活動をどう組み込むかが重要

 日立のサステナビリティ戦略を立案し、経営陣に公開し、現場にサステナビリティの考え方を含め、落としていくのは、先に紹介したサステナビリティ推進会議です。ここには、各事業部門の事業企画に責任を持つような本部長や部長クラスのメンバーに参加してもらっています。現場でまさに事業戦略を作っている人たちです。

 戦略の評価については、環境部分は推進会議で行っています。2030年までに自社工場と事務所でのカーボンニュートラルを目指しており、年度ごとにCO2削減のKPIを作り、その達成をチェックしています。

 こうしたサステナビリティ戦略ですが、KPIを含め、着実に達成するには、やはり業務評価制度の中に、戦略に伴う活動をどう組み込むかが重要です。戦略決定後、各事業部門のトップやグループ会社の社長に説明して回ったのですが、そのとき「戦略としては大いに結構。ただ戦略成果を業務評価の中に組み込まないと機能しない」と言われました。往々にして、サステナビリティの取り組みはすぐに収益には結び付かないものが多い。でも、大事だから、ソーシャルグッドだからと良いことだけを行っても、実際に評価制度に組み込まれないと実際の活動に結び付きにくい。私も以前、人事にいましたので、すごく理解できました。

 会社の評価制度は会社の意思の表れで、会社が大事にすることを指し示します。会社で仕事をする組織人は、評価制度で動く。これは全く正しい行動原理です。ならば、弊社の評価制度の中に、サステナビリティへの取り組みを評価する仕組みを入れ込む必要があります。

 現在、日立グループでは役員の報酬制度の評価軸に、当該業績だけでなく、環境に関する目標を達成できたかも入れつつあります。この仕組みがうまくいったら、組織に、そして一般の従業員にも入れ込もうと考えています。

 日立のこうした動きは、国内では比較的早めの方だと思います。でも、ヨーロッパのトップから比べると、まだまだとは思っています。競合他社で言うとシーメンス、シュナイダーエレクトリック、医薬分野ではノボ ノルディスク、業界が違うところではネスレ、ダノン、ユニリーバなどは非常にうまくやっています。

 また、サステナビリティの活動を、われわれはESGの文脈で外部にアピールする必要があります。ESGでお世話になっている方に青山学院大学名誉教授の北川哲雄先生がいらっしゃるのですが、国内のESG活動を個々に見ると、先進するヨーロッパと肩を並べるほどの戦略を持っているとおっしゃいます。ただ惜しむらくは、こうした活動が1本のストーリーとしてまとまっておらず、外部からの理解を得にくいという指摘がありました。この部分は欧州はうまい。「弊社のパーパスがこうだから、こういうESGの取り組みを行っており、そして社会にこう貢献しています」という流れが実にスムーズです。だから皆の理解も得やすい。こうしたところは見習わないといけないと思っています。