脱炭素社会の実現と併せて大きな環境課題となっているのが、危機的状況に置かれている生物多様性への対処である。現在、地球上では多くの生物が絶滅の危機に瀕し、自然と共に育まれた多様な文化や言語が失われる懸念も高まっている。2022年12月に生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)において、196の国と地域によって「2030年までに自然の喪失を逆転させる」というネイチャーポジティブの実現が世界目標として採択された。

 自然へのインパクトが大きい企業の事業活動を、どのように持続可能な形に変えていくのか。日本自然保護協会の道家哲平氏と、先進的な取り組みを進める企業、ラッシュジャパンの黒澤千絵実氏、柿川桜氏、佐久の佐藤太一氏が解説した。その取り組みから、企業が進むべき方向性と今後の課題も見えてきた。

本稿は2024年1月31日に行われた公益財団法人日本自然保護協会主催「企業向け生物多様性セミナー第3回 自然再生先進企業に聞く、ネイチャーポジティブの現場」の内容を採録したものです。

ネイチャーポジティブ(自然再興)とは? 10の原則

「ネイチャーポジティブ」とは「2020年を基準として、2030年までに自然の喪失を食い止め、逆転させ、2050年までに完全な回復を達成する」という世界目標だ。2022年12月にカナダ・モントリオールで開催された生物多様性条約COP15において合意・採択され、世界各国でその実現に向けた取り組みが行われている。

 70年以上の歴史をもち、日本で最も古い環境NGOの一つである日本自然保護協会も、民間企業や自治体、地域住民などと協力してさまざまな取り組みを進めている。道家氏は、ビジネスとネイチャーポジティブの実現を両立させるために、「忘れてはいけないこと」として、2023年11月にIUCNから発表された「Nature Positive for Business」から10の原則を引用し、その中身を説明した。

 道家氏が示した10の原則は以下の通りだ。

1、 自然全体を考える(森林や海、何か特定の自然の要素だけにフォーカスするのではなく自然全体をみて取り組む)
2、 回避と緩和(自然へのネガティブな影響を回避、最小化および代償措置を講ずることが優先で、その上でポジティブとなる取り組みを考えることが重要)
3、 全体的行動(ビジネスの上でも、社会全体、システム全体の課題・対応を忘れない)
4、 世界目標と整合をとる(世界目標の達成のためには、時にはバリューチェーンを超えることも大事)
5、 主流化(意志決定から、現場の実務に至るまでネイチャーポジティブの実現を浸透させる)
6、 協力(一団体、一企業だけではネイチャーポジティブは実現しないことを大前提に取り組む)
7、 順応性(失敗も成功もある。良いところを伸ばし、悪いところを改善することが重要。つまりモニタリングが大事)
8、 透明性(smartな目標設定や、コミュニケーションが大事)
9、 公正(地域の権利や、暮らしへの敬意。自由意志での十分な情報提供に基づく同意を大切に)
10、 測定可能性(順応的に数値目標を組み入れ、行動しながら改善していく)

 道家氏は、「日本では環境活動というと植林とかが出てきてしまいがちだが、草原、湿地や海やいろんな生態系がある。自然全体でネイチャーポジティブの実現を考えよう」と訴えた。「そういう意味でも一企業や一NGOではネイチャーポジティブは成しえない」とも話し、多くの企業や団体が協力し、「社会を変える活動をしていかないといけない」と強調した。

企業がネイチャーポジティブに取り組むべき理由

 なぜ民間企業がネイチャーポジティブに取り組むべきなのか。道家氏は、「根源的にはビジネスが自然に依存している」こと、「投資家や顧客、クライアントからの要請が見込まれる」こと、「社会全体としての期待が増加している」ことなどを理由に挙げた。

 他にもカーボンニュートラルの実現や、地域コミュニティーとの連携が生まれるなど、企業側にもコスト削減や技術革新の効果が見込まれるなどのメリットも指摘した。

(写真左から)日本自然保護協会の国際担当・道家哲平氏、佐久 専務取締役、南三陸森林管理協議会 事務局長の佐藤太一氏ラッシュジャパン バイイングチーム スタッフの柿川桜氏、ラッシュジャパン バイイングチーム スーパーバイザーの黒澤千絵実氏