2023年12月に発表された日本製鉄によるUSスチールの買収。今後、米国の当局による審査などをクリアする必要があり、現時点では、買収が成立するかどうか確たることはいえない。とはいえ、2兆円の大型買収のインパクトは大きい。経営戦略の観点から見た日本製鉄の狙いや経営統合の効果とは? 新日鐵住金等の業界再編型のM&AやクロスボーダーのM&Aなど、投資銀行で多くのアドバイザリー業務に携わってきたフーリハン・ローキーのマネージングディレクター住吉克洋氏に聞いた。
2兆円の大型買収で世界4位から3位へ
2023年12月、日本製鉄による大型買収のアナウンスが、一種の驚きとともに世界を駆け巡った。日本製鉄が米鉄鋼大手USスチールの買収を発表したのである。買収総額は141億ドル(約2兆円)。提示された1株当たり55ドルは、約40%のプレミアムを載せた金額である。2社合計の粗鋼生産能力は8600万トンになり、日本製鉄は世界4位から3位に浮上する。また、同社が目指す年産1億トンに向けた大きなステップともなる。
このニュースの受け止め方はさまざまだろう。日本の製造業の「逆襲」と受け止めて心を躍らせた人もいるだろうし、「高い買い物ではないか」との懐疑的な声もある。また、政治家や労働組合といったアクターとの折衝など、買収成立への道のりの多難さを指摘する向きもある。日本製鉄はどのような経営戦略に基づいて買収に乗り出したのか。
まず、鉄鋼業界の置かれた環境変化について。投資銀行で多くのM&A実務に携わってきたフーリハン・ローキーのマネージングディレクター、住吉克洋氏はこう説明する。
「2010年代のある時期までは、グローバルサプライチェーンの最適化を競う時代でした。鉄鋼に関しては、生産力の拡大と資源確保が重要テーマだったと思います」
その後、米中対立と保護主義の台頭という大きな動きの中で、鉄鋼メーカー各社も市場の分断を前提に戦略を考えざるをえなくなった。住吉氏はこう続ける。
「近年、世界経済の分断という環境変化をある程度想定して、世界をいくつかの地域に分け、それぞれの地域において、それぞれの事業が自立し、独立運営される地産地消型のビジネスモデルを構築してきました。その長期戦略の中で比較的手薄だった北米市場に、USスチールはぴったりとはまります」
世界市場の分断を象徴するのが、幅広い用途のあるホットコイル(圧延コイル)の価格かもしれない。最近では、米国市場において、アジア市場の1.5~2倍近い価格にて取引されている。このことは、パンデミック後の米国経済の底堅さを示してもいる。
「米国経済は人口の増加とともに、成長しており、鉄鋼需要も底堅く推移すると想定されます。また、米国は日本製鉄の得意な高級鋼の一大市場でもあります。多くのM&Aでは、重複した領域の効率化による固定費削減やサプライチェーンの最適化によるオペレーション上のシナジーの追求が大きな狙いとされますが、USスチールの買収に関しては少し違うのではないか。成長市場でのプレゼンス強化やESG対応を中心とした、より戦略的なシナジーの実現を目指しているように感じます」(住吉氏)
日本製鉄は、従業員に対する既存のコミットメントを尊重すると明言している。労働組合との関係を考えれば、人員削減などのコスト削減策は考えにくい。一方、戦略的なシナジーの中身が見えてくるまでには、もう少し時間がかかりそうだ。何よりもまず、対米外国投資委員会(CFIUS)による審査などのハードルをクリアする必要がある。
世界の鉄鋼需要の推移