横河電機 マーケティング本部 コミュニケーション総括センター センター長 瀬戸口 修氏。同社のパーパス前で

 東京がまだ都ではなく府だった1915年、横河電機は電気計器の研究所としてスタートした。その後、計測・制御機器の開発、製造を中心に、高性能・高品質で多くの支持を獲得し、現在は61カ国に関係会社121社を有し、従業員1万7258人、売り上げの7割は海外というグローバル企業に成長した※1。そんな同社は2021年に長期経営構想を見直し中期経営計画「Accelerate Growth 2023」を策定、その中でYokogawa’s Purposeとして「測る力とつなぐ力で、地球の未来に責任を果たす。」を発表した。測る=計測は同社のコアコンピタンスからと想像されるが、つなぐ、そして地球の未来に責任とは、何を意味し意図するのか。東京都武蔵野市の本社に伺い、真意を聞いた。
※12022年3月末の数字

横河電機のパーパスは、全社員1万7000人への問い掛けから生まれた

瀬戸口 修/横河電機 マーケティング本部 コミュニケーション統括センター センター長

1987年、日本アイ・ビー・エムに入社。協賛イベント、宣伝、社内コミュニケーション、ブランディング、マーケティングコミュニケーション業務等に従事。2013年から横河電機にて、同社創立100周年企画、コーポレートブランディング、統合コミュニケーション業務等に従事。現在は、マーケティングコミュニケーション、パブリックリレーション、デジタルマーケティングを統括。パーパスドリブンブランディング、社員エンゲージメントブランディングに取り組む。

 パーパスとは、昨今のビジネスシーンでは企業の存在意義という理解が多い。横河電機は先の長期経営構想の見直しと中期経営計画の策定の中で「地球の未来に責任を果たす」ことを同社の存在意義とした。一個人の印象としては、かなりビッグな表現に思えるが、同社 マーケティング本部 コミュニケーション総括センター センター長の瀬戸口修氏によれば、これは横河電機1万7000人近くの全社員に問いを投げて、返ってきた約5000人、1万4000以上の声を元にして決定したものだと言う。

 横河電機の全社員は地球に責任を持つ覚悟があるのかという疑問が湧いてくるが、最初は「なぜ、全社員に問うたのか」を聞いてみた。

 瀬戸口氏は、横河電機では社員に対してWorkforce Enablement(働く力の向上)を実現する取り組みを行っており、そのために社員のエンゲージメント、会社と社員個人を強く結び付けることを重要と考えている。「社員との結び付きを強固にするため、いかに社員を巻き込むか参画してもらうか、当事者意識を持ってもらうことが中期経営計画の一つのテーマでもありました。その背景から、パーパスは社員参画で作ろうと、早い段階で決めて取り組んだのです」と瀬戸口氏は説明する。

 社員を巻き込む、そしてエンゲージメントを高めてもらう。こうした気持ちは、意識ある会社からよく聞かれる声だが、横河電機の場合、先のWorkforce Enablementのみならず、同社100周年のときに生まれたコーポレート・ブランド・スローガン「Co-innovating tomorrow」でも、一緒に事を成す「共創」をテーマにしている。ちなみにco-innovatingはcooperation(協力、協同)とinnovation(イノベーション)からの造語で、新しい価値を共創しよう、一緒にイノベーションを巻き起こそうという意味を表す。

 一緒にとは顧客だけでなく社員も同様であり、いかに、社員と共に「共創」を通じて成長していくかを横河電機は考えている。瀬戸口氏は、パーパス策定にあたって最初から「パーパスそのものに社員を巻き込む。そしてエンゲージメントを高めてもらうと考えました」と語る。

 横河電機は共創をキーワードとし、その言葉通りパーパスを社員と共創したというわけだ。しかし共創を、実際の行動に移すのは簡単なような大変な作業だ。おまけに1万7000人に問いを投げるとは、いささか前代未聞のようにも思える。問いは投げたが返事がないという可能性もないではない。しかし、瀬戸口氏は、普段の社員とのやりとりの中で、前向きな反応が期待できそうな気運を感じたと言う。それは同社が、リクルート向けを意識したフレーズへの反応からだ。

 それは「新しい領域に挑戦するYOKOGAWA」を表現する新卒採用広告のタグラインである「地球の物語の、つづきを話そう。」だ。横河電機は電気機械系の学生の応募は多いが、知名度の関係かバイオなど新しい領域の応募が少ない(横河電機は新薬創生のための装置も手掛けている)。キャッチコピーでは「横河電機なのに、iPS細胞のことを考えている。」といった感じで、同社が新たな領域にも取り組んでいることをアピールした。

 そうしたところ「想像を超えて社員からの反応が、とても高かったんです。知り合いの社員に社内で会うと、『いや見ましたよ、いいですねっ!』という声をくれた。特に若い人たちの反応が良かったのです」と瀬戸口氏は振り返る。グローバルでのキャンペーンにも展開した。ある意味、アグレッシブな発信だったが、社員が自分ごとのように捉え、刺激を受けた姿を見て「自ら考え発信する気運ができていることを感じました」と瀬戸口氏は重ねる。

 全社員への問い掛けという大事業は、社長等上層部の承諾も得て実行される。そのとき瀬戸口氏は設問内容に少し工夫を凝らした。それは「YOKOGAWAの存在意義は何だと思いますか」という設問に対し、「その中であなたはどう貢献したいですか」といったサブの設問を加えたこと。そして、「10年後のYOKOGAWAは、どういう会社でありたいですか」に対しても「なぜそう思うのですか」と加えた。

 瀬戸口氏は「自分はどうですか?と踏み込んで聞くことで、自分の希望を述べるだけではなく、自分だったらこうするという、当事者意識や責任意識が回答に現れると予想しました」と工夫の意図を説明する。

 調査の結果、5000人から1万4000件のコメントが返送された。言語は、日本語、英語、中国語、韓国語、ロシア語、スペイン語、ポルトガル語の7つ。日英以外は英語に翻訳し、瀬戸口氏を含む社員4人が1カ月かけて全てに目を通した。そして瀬戸口氏の予想通り、そこには「本当に心が震えるような、自分たちはこうしたいんだという生の声が、世界中の仲間たちのコミットメントが集まりました」(瀬戸口氏)。途中コメントを目にした同社社長も「感動した」と述べるなど、調査は大きな成功を得た。

 結果生まれた「測る力とつなぐ力で、地球の未来に責任を果たす。」について、今一度、瀬戸口氏に意味を聞いた。「測る力は横河電機のコアコンピタンスである計測であり、物を測るということから、現状を把握し、見通し、そこから生まれる情報に価値をもたらすということを意味しています。つなぐ力は、横河電機が価値ある情報を結び付けるだけでなく、横河電機とお客さまをつなぐ、企業と企業、あるいは産業と産業をつなぐという意味です。そして、これらの力によって、地球の未来に責任を果たすことを明言しています」(瀬戸口氏)

 ただ、瀬戸口氏は、従来の横河電機の発想だと、地球の未来に「貢献する」という表現にとどまった可能性もあったはずと言う。「ところが、社員自ら貢献ではない。未来に責任を果たすんだというメッセージを届けてくれました。そこで『責任を果たす』という、かなり強いコミットメントに至りました」と語る。冒頭に記した責任を負う覚悟は、横河電機社員の総意ということが分かった。疑念を挟んだ点は、おわびしたい。

 今回のパーパスが、責任という深さにまで至ったのは、横河電機が願う共創から生まれた「全社員に問う」策と、社員側の「自らも意義を考えたい」の気持ちが見事に結実した結果といえる。共にという想いが手を差し伸べ合えば、いつかはしっかり握り合える好例かもしれない。