事業の多角化が進む自社の姿をどう定義するか――。カメラや写真フィルムに加え、医療機器やビジネスソリューション、化粧品など多領域に事業展開する企業へと転換した富士フイルム。業態が大きく変わる中、同社は改めて自社の存在意義や“向かう先”を明確にすべく、グループのパーパスを策定した。その策定をリードしたのは、初代チェキをはじめ、数々の同社製品をデザインした堀切和久氏であった。現在、富士フイルムホールディングス デザイン戦略室長 ブランドマネジメント管掌、富士フイルム 執行役員 デザインセンター長を務める堀切氏に、パーパス策定のプロセスについて振り返ってもらった。
「本当にパーパスが必要か」という議論も長く行った
――どのような理由でパーパス策定のプロジェクトが立ち上がったのでしょうか。
堀切和久氏(以下敬称略) 事業の多角化が進む中で、「富士フイルムとはどんな会社か」を一言で答えるのが難しくなってきました。例えば従業員が、自身の子どもに富士フイルムについて聞かれる機会もあるでしょう。その中で、社会にとって当社がどのような存在か、グループ7万3000人の従業員が表現できるパーパスが必要だと考えました。仮に富士フイルムグループの各事業が一つ一つの料理だとすれば、それらを盛り付ける大きなプレートがパーパスです。創立90周年を迎えた2024年1月に策定しました。
本当にパーパスを作る必要があるのかという議論も長く行いました。多角化している分、グループを一言で表すのは難しい面もあります。しかし、さまざまな従業員に聞くと、思いの外パーパスの必要性を感じている人は多かったのです。
これまで「富士フイルムとは何か」を示すものがなかったわけではありません。2006年に制定したグループの企業理念とビジョンは、当社の姿を詳細に記したものだと感じています。ただし、もっと読み手に“やさしい”表現にする必要があると考えました。そこで今回、企業理念とビジョンを一つのパーパスに再整理したのです。より富士フイルムらしく、覚えやすいものにしました。覚えやすいものは、人に伝わりやすいからです。
――堀切さんは2018年に富士フイルムで初めてデザイナーとして執行役員になり、グループ全体のデザインとブランドマネジメントを見ています。今回のパーパス策定にも携わっていますが、経営側がここまでデザインの観点を重視している理由はどこにありますか。
堀切 一つ言えるとするならば「デザインの可視化力」ではないでしょうか。写真の技術を生かして化粧品事業に参入するなど、富士フイルムグループは大きな変革にチャレンジしながら多角化を進めてきました。その中で、新しいもの、まだ見ぬものを生み出すのに活用されてきたのがデザインの可視化力です。
近年、当社のデザイン組織が実績を上げたことも経営側の信頼につながったでしょう。2017年に、デザイン組織を本社から外に出して、専用のスタジオ「CLAY」を作りました。デザインの純度を高めるためです。それから国内外のデザイン賞の受賞が増えるなど、評価をいただくことができました。2023年には2代目の「CLAY」を作り、メンバーも増やしています。