幼児から社会人までの通信教育事業を中心に、生活、妊娠・出産・育児、介護事業を手掛けるベネッセグループ。ベネッセという社名の由来は、「bene(よく)」と「esse(生きる)」を組み合わせた企業哲学からきたものだ。社名にもなっているほど確固とした企業哲学があるのに、あえてパーパスを制定したのはなぜか。パーパスを制定した背景とそこに込めた思い、そしてパーパス実現のために現在取り組んでいることについて、ベネッセホールディングス代表取締役社長CEOでベネッセコーポレーション社長も務める小林仁氏に聞いた。
パーパスは、企業哲学の「よく生きる」を、時代に合わせた言葉へと具現化したもの
ベネッセグループの中心となって、教育と生活の領域を手掛けるベネッセコーポレーションのパーパスは2つある。
1つ目は「社会の構造的課題に対し、その解決に向けてどこよりも真摯に取り組んでいる姿勢に共感できる存在」であること。
2つ目は「自分が一歩踏み出して成長したいと思った時にそばにいてほしい存在」であることだ。
2つのパーパスを制定した背景について、小林氏は次のように語る。
「ベネッセという社名はラテン語の『よく生きる』という意味の造語からきているが、これは教育や生活、私が長年携わってきた介護など、グループ全てのお客様の生き方に当てはまる不変の企業哲学だ。一方でお客様を取り巻く社会環境は、少子高齢化やGIGAスクール構想などこの数十年で大きく変わってきた。お客様を取り巻く社会環境が変化したならば、当然われわれも変化し、時代に合わせたニーズを提供していく必要がある。その際に、社員の思考の拠り所となる言葉がパーパスだ。パーパスで今のお客様ニーズや社会課題をしっかりと捉え直し、『ベネッセ(よく生きる)』というわれわれの価値観をさらにかみ砕いた言葉に落とし込む必要があると感じた」
ベネッセコーポレーションのメインの事業領域である日本の教育業界は、この数十年で大きな変貌を遂げた。これまでは正しい答えのある教科学習や模試での偏差値が重視され、有名大学に入ることが教育の一つのゴールとみなされてきた。
しかし、少子高齢化が進むとより一人ひとりの子どもに合った学びを求める声が増え、大学全入時代へ突入した現在では、大学に入った「その後」の主体的な学びも求められるようになった。英語やプログラミングなど身に付けるべき知識がどんどん増える中で、就職後も社会の変化に応じた新しいスキルを学ぶ「リスキリング」という考え方も生まれている。求められるスキルは「生きる力を身に付ける」「答えのない問題を考え続ける」といった価値観に変わった。
このことから、ベネッセは「より『よく生きる』ためには、学びは生涯にわたって必要」との考えに至る。変化の激しい社会を生きる上では、どんなステージにおいても、全ての人たちがそのときの自分に必要な学びに取り組んでいく必要がある。そして自分たちのお客様を取り巻く社会環境がこれだけ変わったならば、当然、ベネッセ側の提供する事業やサービスも変化するべきだと考えたのだ。このことを社員に分かりやすく伝えるため2020年に制定したのが、前述したパーパスだ。
全ての仕事の主語は常に「お客様」。だからこそ、お客様から見てどんな存在でありたいかを示す
パーパスを言語化する必要性は、約3年前に思い付いた。まずは、自社の存在意義を改めて見つめ直すところから始まった。これまでベネッセはお客様の成長や学びを応援するために、お客様の困りごとに向き合い、期待に沿ったサービスを届けることに注力してきた。同時に企業として、お客様が「よく生きる」ために障壁となる社会課題の解決にも取り組んできた。この2つが重なる部分にこそ、自社の存在意義となるパーパスがあるべきだと考えた。
また、パーパスに使用されている「~存在」という表現方法にも、意味が込められている。2つのパーパスの文章には、いずれもお客様からベネッセが最終的に頂きたい言葉を選んだ。これはベネッセの全ての事業が「お客様」が「よく生きる」ために行う仕事だからだ。ベネッセはお客様から見てどういった存在か、提供する事業やサービスが本当にお客様に求められているものかを考えたとき、企業の存在意義はお客様視点の言葉を選ぶのが最もふさわしいと考えたのだ。
もともとベネッセでは、「事業を通して、より良いその人らしい人生を応援する」という企業の姿勢に共感して入社した社員が多い。真面目で誠実に仕事に向き合う社員は、ベネッセの強みであり財産でもある。そうした社員に向けて企業の考え方を改めて言語化して伝えたパーパスは、社員の頑張る気持ちを後押しする存在となっている。
「現場の困りごとに長年向き合ってきたことはベネッセの強みだが、だからこそ過去の成功体験にとらわれて変革の妨げになっていることもある。変化の激しい世の中では、従来の事業モデルや仕組みさえも通用しなくなってきているので、社員も自分たちのやるべきことを試行錯誤している。社員自身もマインドチェンジし、仕事のやり方を変えていかなくてはならないフェーズだと受け止めている」