成熟した企業が目指すべき「両利きの経営」とは? また、それを実践するためのポイントとは何か。コーポレート・エクスプローラー(事業開拓や探索部門の責任者に値する役回りを担う人材)はどうすれば生み出せるのか――。

 2023年2月、『コーポレート・エクスプローラー――新規事業の探索と組織変革をリードし、「両利きの経営」を実現する4つの原則』(英治出版:日本語版)が上梓された。ボストンを拠点とするコンサルティング会社 チェンジ・ロジックの共同創業者、アンドリュー・ビンズ氏、チャールズ・オライリー氏(スタンフォード大学経営大学院教授)、マイケル・タッシュマン氏(ハーバードビジネススクール名誉教授)の3名による共著である。本作は、「両利きの経営」の実践家と世界的経営学者による“大企業にしかできないイノベーションの起こし方”の実践書として、事業機会を探索するリーダーを中心に多くの人々の手に取られている。

 著者の1人であるアンドリュー・ビンズ氏による“新規事業の探索・組織変革をリードする人材”の重要性とその意義、トップマネジメント層に求められる役割についての講演から、そのエッセンスを抜き出し当記事で紹介する。

※本コンテンツは、2023年5月25日(木)~26日(金)に開催されたJBpress/Japan Innovation Review主催「第4回経営企画Innovation~イノベーションを創出し企業変革をリードする経営企画部門の実現~」の特別講演1、3「『両利きの経営』の実践書『コーポレート・エクスプローラー』の著者に学ぶ新規事業の探索と組織変革をリードし、『両利きの経営』を実現する4つの原則(前編・後編)」の内容を採録したものです。

イノベーションはスタートアップに限らず、大企業でも起こせる

 まず「コーポレート・エクスプローラー(Corporate Explorer)」という言葉は、日本ではまだなじみがない。どのような意味があるのだろうか。

「一言で言えば、大企業の内側からリーダーがイノベーションを先導する人材のことです」とビンズ氏は定義し、企業名を例に出して説明する。例えば、リーバイス、コダック、EMI、IBM、ポラロイド、ノキアには、時代も業種も地域もバラバラだが共通する点があるという。

「それは“カテゴリーを創った有名企業であること”です。業界における自社の分野を定義するとともに、企業名それ自体が各業界を表していました。いずれの企業も急成長した後に傾きました。全てを急激に変化させる変化が起きたのです。“創造的破壊(ディスラプション)”と呼ばれる市場やビジネスモデル、顧客の行動や技術の変化です」

これらの企業の共通点は?
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 急激な変化が起きた理由について、予測できない何かに直面したためだと考えがちだが、ビンズ氏はそれを否定する。

「ポラロイドはインスタント写真の先導者でしたが、史上初の100万画素カメラも開発していました。ノキアは1993年から14年間携帯電話業界をリードしていました。しかし、Appleと同様に、携帯電話のタッチスクリーンやインターネット接続、Eメールなどの技術も持っていたのです。ところが両社ともに、これらの社内の資産を生かすことができず他社に負けたのです。大企業はそれまでやってきたことにとらわれて。現状維持に力を注ぎます。企業が成功していればしているほど、市場の変化に対応できない可能性も高いのです」

 大企業の過去の失敗事例を見れば、多くの人がイノベーションは小規模なスタートアップ企業に任せるのが最善だと考えるだろう。しかしビンズ氏は著書『コーポレート・エクスプローラー』で大企業のイノベーションを取り扱った。一見矛盾するように思われるが、どういうことだろうか。

「実は、大企業であっても、既存の組織の中で新規事業を創出することに成功した企業が多数あるのです。マイクロソフトは見事にOffice(現在はMicrosoft 365)をデスクトップPCへのインストール型からクラウド型へと移行させました。これは単なる技術面の変化ではなく、ビジネスモデル全体の変化です。アナリストたちはかつて、いずれグーグルがマイクロソフトの市場を奪うだろうと予想していました。その予想に反し、Microsoft Teamsなどの事業を慎重に開発し成長しています」

既存の組織内で新規事業を創出することに成功した例。
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