イノベーション理論に関する書籍「両利きの経営―『二兎を追う』戦略が未来を切り拓く(原題:「Lead and Disrupt: How to Solve the Innovator's Dilemma」)」が世界中でヒットしロングセラーとなっている。中でも、日本の企業経営者やリーダー層に注目されているという。成熟した企業が多いとされる日本企業のリーダーが「両利きの経営」を実現するためにはどのような取り組みが必要なのか。同書の著者であるハーバード・ビジネススクールのマイケル・L・タッシュマン名誉教授に聞いた。

「深化」と「探索」を同時に行う「両利きの経営」が重要

 「両利きの経営―『二兎を追う』戦略が未来を切り拓く」(以下、「両利きの経営」)は、共著者であるスタンフォード大学経営大学院のチャールズ・A・オライリー教授とともに、組織がどのような形で進化するかをまとめたものです。私たちは長年にわたり、より成功してきた企業の特長を観察してきました。技術的な変革、環境の変化、新型コロナウイルスの感染拡大など、さまざまな変化が起きたときに、成功した企業と成功しなかった企業の違いは何かを「両利きの経営」では考察しています。

 コダックは失敗しましたが、富士フイルムは成功しました。(ビデオレンタルの)ブロックバスターは失敗し、(動画配信の)ネットフリックスは成功しました。私は、ハーバード・ビジネススクールの経営者養成講座「AMP(アドバンスト・マネジメント・プログラム)」で「両利きの経営」を教えています。AMPでは、富士フイルムのほか、AGC(旧・旭硝子)など日本の企業の事例も取り上げています。市場と技術は刻々と変化します。成功している企業に共通しているのは、これらの変化に伴って、企業が転身を図り、新規事業でも競争力を維持できたことです。

 実現可能性(組織能力)や対応する顧客タイプ(市場)で分けると、イノベーションは概念上3つの方向性(領域)で起こる可能性があります。1つ目は「漸進型イノベーション」で、製品やサービスをより速くするか、より安くするか、より良くすることを目指していくことです。2つ目は「不連続型イノベーション」で、大きな変化、不連続的な変化によって起こり、組織能力が無効になるような技術進歩を通じて改善が図られます。この種のイノベーションには通常、異なる知識基盤が必要です。3つ目は「アーキテクチュアル・イノベーション」です。一見するとマイナーな改善によって起こり、既存の技術や構成要素を組み合わせることで既存の製品やサービスを大幅に向上させます。

 時間の経過に伴って転身できた企業は、成熟事業(既存の強みを有効活用できる分野)と新領域(新しいことをするために既存の資源を使う分野)の両方で競争可能となっています。それができたのも、こうした企業にはこれらの「両利きの経営」ができるリーダーが存在したからです。既存の資産と組織能力を「深化・有効活用(exploitation)」しながら、十分に「探索・開拓(exploration)」することがリーダーにとっての基本的な課題です。