「そもそも企業はなぜ衰退するのか?」という疑問から方法論化された「両利きの経営」は、経営環境が厳しさを増す中で企業が衰退しないためのメソッドを提供してくれる。それは既存の事業領域を生かしつつ、新たな領域を探索し、そこで新規事業を独り立ちさせることだ。前編では、「両利きの経営」の提唱者・オライリー教授の日本における共同研究者である加藤雅則氏(アクション・デザイン代表取締役)に、両利きの経営を成り立たせる3つのプロセスを説明してもらった。後編では、それを実践し、成功させるためのポイントを聞いた。
スケーリングができないから両利きの経営が成果につながらない
――前編では、両利きの経営を進めるプロセスは、「着想(アイディエーション)」「育成(インキュベーション)」「量産化(スケーリング)」の3つのステップだと説明していただきました。これらのステップはどうすれば支障なく進められるでしょうか。
加藤雅則氏(以下敬称略) ポイントは3つです。
1つ目は、オライリー教授などは「Strategic Ambition(ストラテジック・アンビション)」と言っていますが、戦略的に大胆なビジョンを描くことです。
2つ目は、そのビジョンを実現するために組織を分ける。そして、ビジョンを探索する組織には裁量権を与える。
3つ目は探索事業側が既存事業にアクセスできるようにしておくことです。
大きなビジョンを掲げるということは、オライリー教授たちに言わせると、探索活動に「正当性」を与えるという意味があります。
同じ企業の中で新しいことをやっていると、「何をやってんだ。遊びでやってるのか。俺たちが汗水垂らして作った金で、おまえらはいいよな」って話になる。
だから、そのときこそ「これは大きなビジョンのためにやっているんだ」と、新たな事業の探索活動に対して正当性を与えてあげないと、周囲の無理解からつぶされてしまいます。その正当性を与えるためには、やはり大きくて、皆を包摂できる大きなビジョンが必要なんです。
そして、2つ目のポイント。これは前編でも触れましたが、組織を分けないといけない。それは既存事業と新たな探索領域では組織運営のルールが違うからです。そして、新たな探索をする組織には独自にルールを決められる裁量権を付与することも重要になります。
でも、組織を分けただけだと孤立してしまいます。もし、この探索部隊が、既存の資産や生産ライン、研究設備にアクセスできないと、孤立しちゃうんですよ。何も無しでは、スタートアップと同じ立場になってしまう。それでは意味がありません。
だから、3つ目のポイントとして探索部隊が、既存の事業にアクセスできるようにしておかないといけない。
前編で申し上げましたが、既存事業の磨き上げと新たな領域の探索という異なる目的を持つ2つの組織を、あえて1つの企業内に用意するのは、既存事業を基盤として新しい探索をした方が成功の可能性が高いからです。かけ離れた、いわゆる飛び地では成功の可能性が薄れます。
そして、新たな探索で発掘した新規事業は、大きく育てて量産化に至らなければ意味がない。量産化は「スケーリング」と称していますが、スケーリングにこそ既存事業のアセット(資産、人材、組織能力)が必要になるのです。既存事業の顧客リストや営業ノウハウ、生産設備等を有効に再活用してこそ、スケーリングを達成できます。もし社内に活用できる資産や能力がなければ、他社と業務提携したり、M&Aを実行する必要があるのです。
ここも前編の復習になりますが、大企業におけるイノベーション、事業創造には、①アイディエーション(着想)、②インキュベーション(育成)、③スケーリング(量産化)、という3つのステップが必要です。しかし、日本企業における両利きの議論では、「アイデアの芽を出すアイディエーション(着想)」や「育てるインキュベーション(育成)」のところばかりが注目されており、「スケーリング(量産化)」が視野に入っていないことが多いのです。
これは両利きの経営が「知の探索・知の深化」というキャッチ・コピーで日本に紹介されたことによることが大きいと思います。オライリー教授自身は、「両利きの経営は知の探索・深化ではない」と明言しています。両利きの経営の誤解によって、探索活動がアイディエーションとインキュベーションに偏っている事例が多いことから、「両利きの経営なんか駄目だ。成果につながらない」という批判になってしまうのです。
最近著『コーポレート・エクスプローラー』では、大企業におけるイノベーションの鍵はスケーリングと述べており、これがあるからスタートアップに勝てるのです。
アイデーションとインキュベーションを可能とする組織デザイン(探索事業の構造的分離)を必要条件とし、自社のプラットフォームを使ってスケーリングするという部分的統合・接続を十分条件とする。この両方の条件がそろって、既存事業そのものを進化させることが両利きの経営なのです。