
市況の変化が加速する今、「新規事業の創出」はあらゆる企業の命題といえる。しかし、カリスマ的な天才を有していない企業は、どのようにして新たな事業を生み出せばよいのか。『異能の掛け算 新規事業のサイエンス』の著者、Sun Asterisk Business Design Pros. Division Manager 井上一鷹氏は、新たな価値創造に必要なのは「一人の天才」ではなく「異能のチーム」だと語る。新規事業を成功に導くための方法論やチームのつくり方について、同氏に話を聞いた。
新規事業の再現性を高める「異能」とは
――ご著書『異能の掛け算 新規事業のサイエンス』を発刊された背景について、教えてください。
井上一鷹氏(以下敬称略) 私は前職、メガネブランドを展開するジンズという会社に勤めており、眼鏡型ウェアラブルデバイス「JINS MEME」と会員制ワークスペースサービス「Think Lab」という2つの新規事業を手掛けました。全く違うテーマの事業であるにも関わらず、2つ目の事業では、事業の成否を分ける勘所に鼻が利くと感じていました。このことから「新規事業は再現性の塊なのではないか」と仮説を立てたことが、本書を出すきっかけになっています。
井上 一鷹 / 株式会社Sun Asterisk Business Design Pros. Division Manager大学卒業後、戦略コンサルティングファームのアーサー・D・リトルに入社。大手製造業を中心とした事業戦略、技術経営戦略、人事組織戦略の立案に従事する。2012年、JINSに入社。商品企画、R&D室JINS MEME事業部マネジャー、Think Lab取締役を経て、JINS経営企画部門 執行役員を務める。JINS退社後、Sun Asteriskに入社、Business Development Unit Manager。著作に『集中力』(日本能率協会マネジメントセンター)、『深い集中を取り戻せ』(ダイヤモンド社)。
10年で400件超の新規事業を手掛けてきたSun Asteriskに入社した理由も、新規事業の「再現性」を紐解きたいと考えたからです。そして、400件を超える新規事業のデータをもとに、再現性のある方法論とチーム論についてまとめたものが本書『異能の掛け算』になります。
――本書では新規事業に必要な「異能」を、Biz人材・Tech人材・Creative人材(以下、B・T・C)という3種類の人材像に分けています。なぜ、これらの人材が必要なのでしょうか。
井上 新規事業を始めるにはB・T・Cすべての機能が必要です。Tech人材は「価値をつくる人」、Creative人材は「価値を顧客にとって意味のあるものにする人」、Biz人材は「価値を広く、長く届ける仕組みをつくる人」を指します。
B・T・Cを考える上での重要なポイントは2つです。
1つ目は、B・T・Cを「それぞれ違う人」に任せること。Biz人材は「事業」、Tech人材は「技術」、Creative人材は「顧客」というように、それぞれ使う「主語」が違います。事業・技術・顧客の3つの主語に対して、違う能力を持っている人がお互いに主張し合わなければ、新規事業を上手く回すことはできません。
2つ目は、「無知の知」を知ること。新規事業は既存事業と異なり、不確実なことが多いものです。だからこそ、「そもそも何がわからないのか」を理解する必要があります。しかし、一人では何がわからないのか、気づくことができません。無知の知に至るためには、自分と違う「能」を持った人と対話を行い、全く違う観点から気づきを得ることが重要です。
ビジョンを共有できる異能の仲間を集めよ
――ご著書では、チームビルディングについても言及されています。チーム構成やメンバーの決め方について教えてください。
井上 まず、「自分がB・T・Cのどれに該当するのか」を知ることが必要です。自分がBiz人材だとわかったら、あとはTech人材とCreative人材を集めます。そして大事なのは、これからやろうとしている事業に対して「ビジョンや意思を統一させる」ということです。新規事業は不確実性が高いからこそ、「新規事業をやりたくて、しかたがない」という人だけを仲間にすべきだと思います。
新規事業における最小価値、すなわち0→1を創るまでは5人以下のチームが良い、と我々の研究結果から導いています。5人でスピーディーに最小価値をつくってしまうのです。このとき、一人でもやらない理由を探すメンバーが出てきたら、投入できる力が激減します。それでは絶対にうまくいかないので、能力は違っていてもビジョンが一致している人を仲間に入れることが重要です。

もし自社だけで最適な人間が見つからないのであれば、業務委託やフリーランスなど、できる限り広い範囲で「異能」と「ビジョン」が一致する人を見つけます。人材を探す際には、必ずしも社内にこだわる必要はないでしょう。
――5人以上のチームでは、なかなか最小価値をつくるのが難しいものでしょうか。
井上 0→1に取り組む際には日々コンセプトが変わるので、常にピボット(方向転換)を繰り返さなければなければなりません。そのときに注意すべき点は、「ピボットした」とメンバーに伝えるだけでは、チームとして成立しないという点。全員がピボットの理由を理解していないと、力を発揮することができないのです。この情報共有を迅速にできる人数の限界が5人だと考えています。
成功の鍵は「右脳と左脳の健全な綱引き」
――ご著書では、チームビルディング後のチーム論についても触れられています。そこでのポイントを教えてください。
井上 メンバーが集ったときに考えるべきこととして、「確信と確証を得る」という観点、「バリューデザイン・シンタックス」というオリジナルのフレームワーク、それを考察する方法の3段階について、本書で紹介しています。
成長している事業の分析を通じて、「右脳的な確信」と「左脳的な確証」という相反するものが同時に主張され、健全に綱引きされていることが多い、とわかっています。

「右脳的な確信」とは「あの人はこれが欲しいだろうな、お金を払ってくれるだろうな」という一人の顧客像が浮かんで、直感的に正しいと思えること。しかし、確信だけではキャズムを超えることができず、マスマーケットに届きにくいものです。
一方、「左脳的な確証」は市場性や競合優位性、利益率など数字やロジカルで語るものです。左脳的な考えだけで突き進むと、実際に新商品・新サービスをつくったあとに「これって誰が欲しがるの?」という疑問が出てきてしまうため、こちらも注意が必要です。
あらゆる組織の人が右脳と左脳、どちらかに偏っていますから、一人が引っ張ろうとしても上手くいきません。そこで「異能」の存在が必要になります。

ここで役立つのが、確信と確証の観点を20項目に落とし込んだフレームワーク「バリューデザイン・シンタックス」です。左脳型の人は左脳的な部分こそきれいに埋められますが、n1(一人の顧客)のような右脳的な部分を埋められません。逆に、n1は埋められるけど、競争優位は考えられない、という右脳型の人もいます。
ここでもやはり「無知の知」を把握することが重要です。「いま不足しているものは何か」をバリューデザイン・シンタックスで確認しながら補うことで、できるだけ早く最小単位の価値をつくること。このフレームワークを使うことで、新規事業に必要な考え方が自然と身に付くはずです。
また、バリューデザイン・シンタックスは、事業がピボットしてもすぐに対応できるメリットがあります。顧客が変われば課題が変わるし、求められる価値も変わるでしょう。そこで、バリューデザイン・シンタックスではストーリー立てた結合点を設けており、項目一つが変わるとストーリーに違和感が生じるようになっています。「顧客がピボットしたから課題を変えないといけない」とすぐに気づくことができるわけです。
――最後に読者に向けてメッセージをお願いします。
井上 日本は大企業に優秀な人材が多い傾向にあります。しかし、大企業では「異能の掛け算」の実践が難しいことも確かです。そこに気づいてもらうことで、組織として「異能の掛け算」に取り組んでいただきたいと強く思っています。そこから何かを生み出さなければ、日本を元気にすることはできません。
世の中に「価値創造のリテラシー」を増やしたいと思い、本書を書き上げました。本書を読んだ多くの方が気付きを得て、その気付きをもとに行動を起こす。そんな形でアクションできる人が一人でも増えると嬉しいですね。







