京都府の北部にあり、人口2000人弱、そのうち約半数が高齢者である伊根町。高齢化の進む町の一つだが、そんなイメージとは裏腹に、全世帯にタブレットが配備され、さまざまな地域情報が電子媒体で配信されている。名付けて「いねばん」。伊根町ネットワーク回覧板の意味だ。住民の使用率は9割を超えており、導入3年目には、町が始めたデマンド交通サービスの予約機能も追加。機能拡張が進んでいる。実はこの「いねばん」、デンソーが開発した地域情報配信サービス「ライフビジョン」が名前を変えて活用されている。

デンソーにとって初のITサービスであり、自動車部品メーカーのイメージを覆すように生まれた「ライフビジョン」。本連載では、この新規事業にまつわるストーリーを追いかける。

<連載ラインアップ>
■第1回 高齢化の町で浸透するタブレット型回覧板 デンソーの「ライフビジョン」とは(今回)
■第2回 「デンソーを忘れよう」から生まれた地域サービス ライフビジョン開発の道のり
■第3回 「イノベーションを想像できない」 そんな声を無くすデンソーの取り組み

香川県直島を視察して「高齢者でもタブレットを使える」と確信

 日々の情報を住民に伝える自治体の防災行政無線。かつてはアナログ無線が基本であり、伊根町でも毎日午後7時に放送を行っていた。しかし、「聞き逃すと情報が伝わらない」「電波が天候に左右されやすい」といった課題があったという。

 加えて、電波法の改正により防災無線のデジタル化が2022年までに必須となった。そこで伊根町も2019年からデジタル化を検討。ただし、単にデジタルに変えるのではなく、「防災無線のあり方を一から考え直すことにしました」と、伊根町の吉本秀樹町長は振り返る。

 解決策として浮かんだのが、地域情報を配信する防災タブレットの導入。住民にタブレットを配備し、今まで防災無線で伝えていた情報をデジタルで通知する。そこで導入サービス候補の一つとして、デンソーの地域情報配信サービス「ライフビジョン」が挙がった。

 ライフビジョンは、2014年から運用されているサービス。自治体や地域の情報を住民のタブレットやスマホに配信するシステムで、デジタルの回覧板といえば分かりやすい。現在、全国65の自治体で導入されている。

 このサービスを最初に導入したのは、香川県直島だ。同地はライフビジョンを開発する際のモデル地域でもあった。これについては次回の記事で詳しく触れるが、こういった背景から、伊根町でも直島を視察し、ライフビジョンが地域でどう使われているかを確かめた。

伊根町 吉本秀樹町長

「最大の懸念は、やはり高齢者がタブレットを操作できるか、という点でした。しかし、直島では住民になじんでいましたし、そもそも情報配信は基本的にプッシュ通知で行われるので、仮に住民が操作しなくても、電源さえ入れておけば自動で情報が配信・表示されます。この点でも操作面は問題ないと感じました」(吉本町長)

 その後、数社のサービスも検討し、ライフビジョンを採用。決め手は上記の操作性に加え、伊根町が強く要望した「世帯管理」機能の追加を叶えた点だった。世帯管理とは、配信する情報ごとに“届け先”の世帯範囲を選べる機能だ。

「小さい町だからこそ、世帯管理ができないと意味がないと思っていました。予防接種や地域の催し、小学校PTAなどの情報を必要な人だけに送る形。関係ない情報が日々来ると、情報を見落としやすくなりますから」

 もう一つ、ライフビジョンの拡張性が高いこともポイントだったという。このサービスは、情報配信機能があくまで“基本機能”で、それ以外にも、要望に合わせていろいろな機能を追加できる。たとえば高齢者の遠隔見守りや、オンライン健康サロン教室のための機能を追加するなど。「住民が情報を受け取るだけでなく、将来的には双方向で住民とやりとりするなど、ユースケースを広げたかった。その点で、拡張しやすい仕様は魅力的でした」と吉本町長は振り返る。