飛び飛びの値で表される物理量の最小単位「量子」の技術応用が始まっている。極小スケールでの物理現象がもたらす革新的な量子技術はさまざま挙げられるが、「絶対に破られない」暗号通信や「計算が1億倍ほど速い」コンピュータなどが話題だ。量子技術の産業化を牽引する東芝で執行役上席常務を務める岡田俊輔氏は、「2030年に国内1000万人が量子技術を利用」という産業界のビジョンを紹介し、金融や創薬さらに交通への応用など、現在から未来にかけての量子技術の実用例を提示する。普及への道は、すでに始まっているようだ。
もうすでに量子技術は使われている
――量子技術で今後、何を期待できますか。
岡田俊輔氏(以下敬称略) さまざまありますが、従来とは桁違いに大きなデータを速く扱うことができるようになることはその1つです。たとえば、コンピュータが問題を解くのに必要な条件の組み合わせが増えることで計算量が爆発的に増える「組み合わせ爆発」という課題があります。従来のコンピュータではこの課題に対処しきれなくなりますが、量子技術であれば対処できてしまいます。
――すでに使われている量子技術はあるのでしょうか。
岡田 あります。その1つに、大規模な組み合わせの最適化問題を高速・低遅延に解くことを可能とする「疑似量子計算機」があります。量子コンピュータ理論から生まれたものです。たとえば、金融の分野では、東京証券取引所での高速高頻度取引戦略の有効性を検証するため技術を2021年より利用していただいていますし、創薬の分野では、困難とされていたタンパク質を創薬ターゲット候補として予測するための技術を2022年より利用していただいています。
量子コンピューティングとは別の技術として、「量子暗号」の通信サービスも2022年から提供しています。これは、情報を盗ろうとするとばれてしまうという量子力学の仕組みを用いた“絶対に破られない暗号”です。すでに金融のアルゴリズムの情報通信で注目いただいています。今後、「ハーベスティング」と呼ばれる、攻撃者が伝送中の秘匿データを抜きとっておいて後から手間をかけて解読する攻撃の増加が見込まれるなか、絶対に盗まれたくないデータを扱う領域などで、量子暗号の需要は高まっていくものと思います。