ブランディング企業インターブランドジャパンの「Best Japan Brands 2023」で、他の空調機メーカーを抑えて総合20位入りを果たすなど、ブランド力で高評価を得るダイキン工業。入社以来36年にわたりブランディングを担当する片山義丈氏は、25年目に曖昧模糊としていたブランディングの極意にたどり着いた。それは「ブランド=妄想」という式だ。自分の「分からぬ。知らぬ」に対峙し続け、正解を求めた先に待っていた結論だった。
「頭の中に自然に浮かんだイメージ」という発想への転換
――ダイキン工業でブランドづくりを長らく担当され、ずっとうまくいかなかったブランディングの仕事が、25年目にしてついにうまくいくようになったと聞きます。何があったのですか。
片山義丈氏(以下敬称略) 「ブランドとは妄想のことである」と、25年目にして心得たのです。前々から「ブランドとは何か」とずっと考え続けてきました。教科書的な本を読むと「ブランドとは差別化である」とか「ブランドとは生活者との約束である」などと載っています。こうした定義をずっと使っていましたが、社員たちから相手にしてもらえないし、私自身も「なんかおかしいよな」と思っていました。
その後、「ブランドとは妄想のことである」と定義したとき、自分で納得することができたのです。お客さまの頭の中に勝手にできた、その企業や商品に対するイメージこそがブランドなのだ、と。
たとえば、みなさんは梅干しを見たときにどう思いますか。多くの人は「酸っぱい」とイメージするでしょう。それ以外には、酢酸が体に良いことから「健康食品だ」と思う人がいる一方で、なかには「塩分が高くて不健康な食品なのでは」と思う人もいるかもしれません。ちなみに、実際には梅干しの塩分濃度はそれほど高くなく、不健康というイメージは間違いです。いずれにしてもこうしたイメージがブランドということになります。企業が差別化に成功した要素を頭の中に思い浮かべてもらえるケースは必ずしも多くはなく、お客さまの頭の中に勝手に浮かぶイメージ。だから、ブランドは妄想なのです。
「ブランド=差別化」という考えから抜け出す
――どうしてその気づきを得られたのですか。
片山 ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の業績を回復させた森岡毅さんが講演でこう話しておられたのです。いわく「差別化なんてしなくていい」と。USJはディズニーランドと差別化できずに客が取られていると言うが、もし仮にミッキーマウスをUSJに連れてきたら名古屋以西の人たちはみなUSJに来るに違いない。それまでそういう視点の発想はありませんでしたが、言われて納得のお話でした。
これを聞いて、「私はなんで差別化することがブランディングだと考え続けてきたのだろう」と思ったのです。差別化とは、煎餅屋が本当は醤油煎餅を好きなのに、ライバルが醤油煎餅をつくっているからと、好きでもない味噌煎餅をつくるようなもの。失敗のもとです。
そして、差別化でなく独自化こそブランディングに必要なのだと思うようになりました。つまり、もともと持っている「その企業らしさ」である存在価値や「その企業がなくなるとどんな損があるか」に当たる存在意義、それに「その企業を人間にたとえたら」といった人格・個性こそが必要なのだ、と。これらがお客さまの頭に出てくる勝手なイメージ、つまり妄想になっていくわけです。
ダイキン工業の場合で言うと、存在価値は「空気に可能性があると信じる企業」であることであり、存在意義は「空気であらゆる課題を解決すること」であり、人格・個性は「果敢に取り組むリーダー」となります。これらを明確に定めて、生活者にダイキンのことをなんとなく好きになってもらうことが大切です。
ただ、存在価値、存在意義、人格・個性の3つを決めることは大切なのですが、ここに難点があります。この3つを定めても全く機能していないケースが実に多いのです。なぜこんなことが起こるのかについて、私は、これらを定義することにこだわり過ぎているのではないかと思います。定義することが重要なのではなく、その意味することが社員に共有されていることが大事なのだということが理解されていない。ポイントを間違えないようにしたいところです。
――その気づきは、一度の講演の聴講で雷に打たれたように降りてきたわけですか。
片山 ずっとモヤモヤしながら考え続けていましたからね。うまくいっていないのは分かるが、それがなぜかは分からない状態にあったわけです。その「なぜ」が分かって、あらためてブランディングの本を読み、コミュニケーションを学び、他企業の成功事例を習うと、「なんだ。ブランディングの本質は独自化なのだ」となりました。専門家たちの述べていたことを、私はずっと理解できていなかったのです。
――チームの社員たちに、「ブランディングとは差別化でなく妄想のことだったのだ」と伝え直すのは大変だったのでは……。
片山 そこは大変ではありませんでした。チームの誰もが「ブランディングとは差別化」という論に腹落ちしていませんでしたから(笑)。「違うよな、これ」「やっぱり違ってましたね」と、納得し合えました。
知らないことより、知らないままでいることの方が恥
――活動の原動力となっているのはなんでしょうか。
片山 企業や商品サービスが持っている本来の価値をしっかりと伝えたいということ。日本の企業や商品は本当に素晴らしいのに、「伝えること」を重視しないことでその価値が伝わらず損をしてるのが本当にもったいない。正しく評価してほしいのです。そして社内の他部門の人たちが一生懸命ものごとにチャレンジする姿も原動力です。その姿を見ると、自分たちブランディング部門ももっとやらなければならないと思います。たとえば、開発部門の人は日々技術を磨くこと、製造現場の人たちは、製造コストを10銭安くしたり、組み立てスピードを0.1秒短くしたりすることに、飽くなきチャレンジをしています。営業の人たちも、競合との激しい競争に打ち勝つために日々戦って売上を伸ばそうとしています。みんな各々の分野におけるプロフェッショナルです。
そうした他の部門の人たちの努力の賜物である費用を、私たちブランディングの担当者は使っています。他の部門の人たち以上の努力をしてプロとしての専門性を高めなければ、組織は良い方向に進みません。ましてや、コンサルタントや広告代理店に委ねて、本来自分たちがやるべき社内外でのコミュニケーションを怠っているようでは申し訳が立たないでしょう。
――どうコミュニケーションをとっていますか。
片山 デジタル時代であり変化のスピードが速いことから、たとえば社外のコミュニケーションを磨くのであれば、「きっとここに自分たちが求めるソリューションがあるはずだ」という場所に自ら出向いて情報に触れることです。そしてそこで勉強して終わりではだめ。分からないことや知らなかったことをとにかく質問することが重要で「どうか教えてほしい」と頼みます。すると相手の方は、たいてい教えてくれるものです。「知らないから教えてくれませんか」と、プライドなしに相手に言えることは、大切なこと。知らないことよりも、知らないままでいることの方がよほど恥ずかしいことではないでしょうか。
――どこまで「知っていれば良い」のでしょう。
片山 誰もがあらゆることを詳しく知っているべきかというと、それもまた違います。上司に「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のことぐらい、すべて知っておいてくださいよ」と求めるのは見当違い。上司はSNS以外にやるべきことがあるはずですから。必要なのは「Twitterとは」といった概念を知っていることぐらいで、触れていればなお良いぐらいではないでしょうか。
ブランドづくりの目的は「儲かること」
――「分かろう、知ろう」とし続けて、「ブランドとは妄想のことである」という結論にたどり着かれました。では、ブランドづくりの目的についてはいかがでしょう。そもそもなんのために企業はブランドづくりをするのでしょう。
片山 これははっきりしています。ブランドづくりの目的は「儲かること」です。少し上品に表現すれば、その企業の事業活動に貢献することです。
エアコン購入者に「ダイキンがいちばん良い選択」と感じてもらう。投資家に「エクセレントな会社」と褒めてもらう。他の企業に「協業したい」と思ってもらう。ビジネスパーソンに「実績と信頼のある企業」というイメージを抱いてもらう。学生に「ダイキンで働きたい」と言ってもらう。これら全ては、ブランドづくりで得られる成果であり、同時に「儲かること」につながるものです。
儲からない企業は社会に貢献することができません。社会を変えていこうとするなら、しっかり儲けないといけない。社会貢献しようとする以上、儲けることは企業が果たさなければならない責務だと思います。