企業での人事配属や大学の入学試験、保育園への入園など、私たちの人生を左右する重要な局面には「マッチングの機会」が存在する。近年では、配属先が入社時までわからない状況を「配属ガチャ」と表現し、不安を訴える新入社員が急増して話題となっている。

 これまで経験と勘で行われてきたマッチングをいかに公明正大に行うか。『天才たちの未来予測図』(マガジンハウス新書)の著書で、東京大学教授の小島氏が取り組むのは、最適なマッチングを実現する「マッチング理論」の研究と社会実装だ。実装された未来はどのような社会になるのか、同氏に話を聞いた。

人生の重要な局面での「不幸なミスマッチ」を減らす

――初めに、ご著書『天才たちの未来予測図』で紹介している「マッチング理論」について教えてください。

小島武仁 氏(以下敬称略) この世の中の様々な問題には「マッチング」が大きく関係しています。例えば、新卒の採用を行う企業側と就職活動を行う学生側との間の関係性。他にも、入学試験における学校と学生、入園希望者を募る保育園と幼児など、様々なシチュエーションが挙げられます。

小島 武仁 / 東京大学大学院 経済学研究科 教授 東京大学マ―ケットデザインセンタ―(UTMD)・センター長

東京大学大学院経済学研究科教授。東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)センター長。1979年生まれ。2003年東京大学卒業後、イェール大学博士研究員、スタンフォード大学教授などを経て20年より現職。マーケットデザインの主要理論である「マッチング理論」で12年のノーベル経済学賞を受賞したアルヴィン・ロス氏らとともに数々の研究成果を発表してきた。

 こうしたマッチングの場で問題となっているのが「ミスマッチ」です。例えば、就活で第二希望の企業からオファー(内定)をもらったとします。第一希望の企業からの返事がないまま、第二希望の企業の内定期限が間近に迫ると、多くの求職者がやむを得ず第二希望の企業のオファーを受け入れるでしょう。

 しかし、あとになってから第一希望の企業からもオファーが来る、といったケースも起こり得ます。この場合、求職者と第一希望の企業との関係性は「両思い」の関係でありながら、実際には本来望んでいない結末となり、ミスマッチが生じているのです。

 こうしたマッチングにおいて、様々なアプローチで「不幸なミスマッチ」が起きないようにする。そのための仕組みが、マッチング理論です。

――「マッチング理論」を用いることのメリットとして、どのようなことが挙げられますか。

小島 マッチング理論の最大のメリットは、ミスマッチを防ぎ、お互いの希望するマッチングを実現できることです。

 例えば、研修医の配属現場では研修序盤から早々に内定を出す「青田買い」が横行し、研修医側と病院側でミスマッチが頻発していました。そこで導入したのが、研修医と病院、双方の希望をデータ化してプラットフォームに集約し、マッチング理論に基づいた配属を行う方法です。

 これにより、お互いに満足のいく結果を導くことができました。マッチング理論がきちんと認知されれば、希望さえ出せば最適なマッチングが実現できるようになるため、次第に青田買いをするメリットも減っていきます。

 もちろん、データとアルゴリズムだけでは全てを解決できません。マッチング理論の実装後、マッチングは機械的に行うものの、「個々の状況に合わせたアルゴリズムの調整」が必要不可欠だからです。

 例えば、ある企業で社員の配属支援を行った際には、当初、雛形のアルゴリズムの導入を念頭に話を進めていました。しかし、担当者の話を聞くと、会社特有の事情があることが徐々にわかってきたため、状況に合わせてアルゴリズムの調整を実施しました。すると、社員の方のパフォーマンスが大きく改善したのです。

 このようにマッチング理論を適用するには、その組織や市場特有の状況をきちんと理解し、アルゴリズムにチューニングを加えることが肝となります。