昨今、日本企業のデジタル後進国化が指摘される中、「DX」はバズワードの様相を呈しており、多くの企業からは戸惑いや悩みの声が挙がっている。そうした状況は対照的に、東南アジア諸国がDXによって社会インフラ、経済構造、産業ヒエラルキーすら一変させていることをご存じだろうか。 一体、この十数年で東南アジア各国に何が起きているのだろうか。
そして私たち日本企業は、急成長を遂げる東南アジア各国から何を学び、どのように自らの事業活動に生かすべきなのだろうか。新著『ジャーニーシフト デジタル社会を生き抜く前提条件』(日経BP)の著者、株式会社ビービット 執行役員CCO(Chief Communication Officer)兼 東アジア営業責任者 藤井保文氏に話を聞いた。
インドネシアの変革は「社会ペイン」の解消から始まった
―― 著書『アフターデジタル』では、中国で発展を続けるデジタルの世界がリアルの世界を包摂する様子を描かれていました。新刊『ジャーニーシフト』では、「新興国からデジタルの未来を学ぶ時代」として、東南アジアで進むDXの状況、特にインドネシアの国民的スマホアプリ「Gojek(ゴジェック)」による社会変革の状況が詳細に紹介されています。
藤井氏 東南アジア諸国では、中国で起きた変化が5年から10年遅れでやってくるといわれており、2019年に書籍『アフターデジタル』で描いた中国の変化が波及するタイミングに差し掛かっています。しかし、実際にインドネシアへ足を運んでみると、中国型DXの単なるコピーではなく、独自のDXにより「社会ペイン」の解決が図られていました。その中核となっていたのが「Gojek」です。
インドネシアで進むDXは、高度な技術力と圧倒的な物量でトップダウンのDXを進めた中国とは異なります。普通の人の暮らしに密着し、その中で生じる社会ペインから出発している、いわば「ストリートスマート」なアプローチでの変革です。
デジタル後進国といわれることが多くなった日本において、中国型とは違ったアプローチでのアップデートが進んでいる社会の事例を知ることは極めて有益だと考えています。
―― インドネシアの「社会ペイン」とは、具体的にどんなことだったのでしょうか。
藤井氏 インドネシアの「社会ペイン」、それは都市部の最大の問題である「交通渋滞」です。歩いて30分ほどのところまで車で移動すると20~25分もかかることが日常茶飯時なので、車より速く移動できるバイクタクシーが普及しています。この「移動に時間がかかる」という社会ペインを様々な側面から解決しているのがGojekです。
―― Gojekとは、どのようなアプリなのでしょうか。
藤井氏 Gojekはリリース当初、バイクタクシーを呼ぶための配車アプリでした。その後、様々な機能を横串で追加してスーパーアプリ化が進んでいます。現在では、配車や物流機能に加えて、ショッピングや決済までカバーしており、インドネシア都市部での生活に欠かせないアプリとなっています。
Gojekの特徴は、あくまで「ドライバー集団に頼めること」をカテゴリー別にまとめたアプリであることです。配車を始め、地元の個人商店での買い物や配達、あるいはマッサージ師や清掃サービスの依頼など、「人やモノを運ぶ」というドライバーの機能が中核になっています。
―― ドライバー集団に日常の様々なことを頼めるアプリというわけですね。そうすると、ドライバーの質が重要になる気がします。
藤井氏 実は、Gojekと似たようなバイクタクシーの配車アプリは複数ありました。その中でGojekが勝ち残った要因は、徹底した教育や福利厚生によって優良なドライバー集団の育成に成功したことにあります。
インドネシアでは、経済発展に伴って中間所得層が増大しており、その人たちの働き口が不足していること、また、アンバンクドと呼ばれる銀行口座を持てない人が多いことも、社会ペインの一つでした。こうした状況を踏まえて、Gojekは自社のドライバーたちに教育を施し、制服やヘルメットを無償提供するといった施策を取ることで、ドライバーの質を高めてきました。
さらに、ドライバーたちのGojekでの仕事状況や報酬状況が信用データとなり、アンバンクだった人々がローンを組めたり、クレジットカードが作れたりするようになりました。こうした取り組みが支持されたことで、優秀なドライバー集団を育てることに成功し、それがスーパーアプリ化の礎になりました。
加えて、ショッピング機能のマーチャント(販売主)に、パパママストアと呼ばれる街の個人商店を数多く集めたことも見逃せません。個人商店主にとっては、販売の間口が広がるとともに、サプライチェーンが簡素化されることで、「仕入の中間マージンが減る」というコストメリットも生まれました。インドネシアの社会ペインであった「複雑な流通」「そこから生じる高い中間マージン」も解決に至ったのです。
こうして、ユーザー、ドライバー、マーチャントのそれぞれが抱えていた社会ペインを解決してきたことで、Gojekは国民的アプリとしての普及を果たしています。