花王は2018年にESG部門を設立。翌年には独自のESG戦略である「Kirei Lifestyle Plan」を策定し、周囲を巻き込みながら社会実装に取り組んできた。なぜ、ESG経営に舵を切ったのか。定着させるためにどんな工夫がなされたのか、そこではデジタルはどう活用されてきたのか。当時、社長として企業変革を断行してきた花王の澤田道隆会長に、「パーパス経営」の重要性を説く経営学者、一橋ビジネススクール客員教授の名和高司氏が話を聞いた。
真ん中にESGを位置付け、企業変革を断行
名和 花王は130年にわたり生活者に寄り添って事業を展開してきました。最近では生活の豊かさを量から質へと転換しています。それができているのは「パーパス」、つまり志に根付いた経営が実践できているからだと思います。
2019年には「Kirei Lifestyle」という言葉で表現し、それを実践するとともに、プラットフォームとなって周囲を巻き込んで社会実装しています。大変素晴らしい活動ですが、なぜESG経営に舵を切ったのでしょうか。
澤田 「豊かな生活文化の実現」という企業理念を達成するためには、ESGの視点を経営の真ん中に位置付ける必要があると考えたからです。当時、ESGという言葉は一般的にはあまり使われていませんでしたが、世の中はエシカルの方向に向かっていると実感していました。若い人や投資家と話をしていると、売り上げや利益の前に地球環境への取り組みについての質問が多く寄せられるようになっていたのです。
株主総会でも同様で、終了後に「このままの立ち位置でよいのか」と考えました。これまでモノを中心とした文明的な豊かさを提案していましたが、今後は人と社会と地球のつながりの中で文化的な豊かさを提案していくべきではないのかと。
文明的豊かさのためには、大量生産、大量消費、大量廃棄が行われてきました。しかし、エシカルな方向としては適正な生産、エシカル消費への対応、適正な廃棄(循環型への取り組み)が必要になります。そう考えると、ESGを経営の真ん中に据えるしかありません。そこで2018年にESG部門を設け、2019 年にESG 戦略「Kirei Lifestyle Plan」を発表し、ESG経営に大きく舵を切ったのです。
名和 当時はまだESG経営というと義務感で仕方なく取り組んでいる企業が多かったのではないでしょうか。それで利益が上がると考えていた人も少なかったと思います。先行してESG経営に舵を切ったことに対して周囲の理解はどうだったのでしょうか。
澤田 ESGの前にはサステナビリティという言葉がよく使われていました。私にはサステナビリティのほうが理解できませんでした。誰のサステナビリティなのか、主語が漠然としていたからです。
一方でESGは「地球」と「社会」、そして「ガバナンス」から成り立っています。特に重要なのが「ガバナンス(G)」です。地球や社会に対して企業としてきちんと取り組んでいるのかを、独りよがりではなく第三者に評価してもらうことが「G」に盛り込まれています。論理的に構成されているので従業員にも伝えやすいと感じました。ESG経営に舵を切ったことに対して社内外の理解も高かったと思っています。