社内でのいろいろな反応。「30年かけて染み渡らせたい」

 こうした生まれたパーパスだが、意味を成すためには、全社員に浸透する必要がある。もともとは社員が参画しているので、当事者意識はある程度、出来上がっていると想定はできた。とはいえ全社員が回答したわけではない、浸透のための努力は必要だ。

 そこで横河電機では、まず社長自ら中期経営計画・長期経営構想の発表時に、社員の皆にメッセージとして発信した。その後も、年始だったり年度の初めだったり、機会をとらえては発信を続けている。またラウンドテーブルという社長と役員2人程度と社員がディスカッションする機会を、ほぼ毎月一度、海外拠点も含め行われており、そこでもパーパスをどう実践しているかなどが話題の1つとなっている。

 聞こえてくる反応は、基本的にポジティブ。今までにない力強いコミットメントということで「よく言い切ってくれたという声は多く、自分たちを巻き込んで決めたことに対しても、強い賛同を得ました」と瀬戸口氏は語る。

 とはいえ、賛成ばかりではない。「あそこまでの強いコミットメントはどうでしょう、ということを感じる社員はいます」と瀬戸口氏も言い、社会インフラの黒子であることを誇りに思っている社員の声も多かったと加えた。自らの仕事を地道にこなし、そこを自分の大切な場所と位置付けてきた社員からすると「地球に責任」は、いささか大きなジャンプだったかもしれない。こうした意見には、対話を重ねて理解を得ることが重要だ。瀬戸口氏も「社内に向けた広報は、広告の世界で言えば、100%の視聴率を目指す必要があります。ですから(異なる意見にも)十分なケアが大切と思っています」と述べる。

 言い切ってくれたという声や、強過ぎないかという声、いろいろな声が交差したと思われるが、パーパス発表後1年半たって、社内に変化はあったのだろうか。

 瀬戸口氏は「存在意義をしっかりと強く出せたことに対しては、自信というかプライドみたいなものは、今まで以上に生まれたとは思います。ただ何かが突然大きく変わったということではないです」と意外にクールな返事をもらった。1万7000人を巻き込んで行った大事業で、変わったことは「ない」で良いのだろうか。すると瀬戸口氏は、こう答えてくれた。

「社員の行動が劇的に変わる必要はないと考えています。もともとこのパーパスの背景にある思いは、社員の中にあったはずで、それを常に自分たちの日常の仕事の中で意識してくれることが大事ですから」と瀬戸口氏は述べ、パーパスは段階的に、時間をかけて定着、浸透をしていくものであるという。そして、1年、2年、3年で変化がないからといって諦めるものではないとも語る。パーパスの策定をしたときは「30年って言ったんですね。30年廃れないものということを掲げました」と瀬戸口氏。だから、2、3年は助走期間ぐらいに考えているとのことだ。

「30年かけて染み込ませたい」(瀬戸口氏)

 30年とは、懐が深くないと言えない数字だ。昨今、話題のスタートアップの会社からは想像もできない年月と思われる。これも創業100年以上という歴史ゆえの発想なのだろう。瀬戸口氏は「それもありますが、横河電機の製品のライフサイクルも長いのです。一度プラントに製品をお納めすると30年ぐらい稼働する。だから、20年、30年というスパンは、横河電機にとっては比較的考えやすい時間なのかもしれません」と語る。

未曾有の変化。正面から向き合うにはパーパスが重要

 横河電機の共創を目指したメッセージ「Co-innovating tomorrow」は、15年に発表された。今回のパーパスの根っこはこのメッセージからというのは先に紹介したが、ではなぜパーパス結実が21年だったのだろうか。

 瀬戸口氏は「19年ごろ、企業の周りでは脱炭素や自然保護の文脈でESG、SDGsが強く波打っていた。そこに20年のパンデミック、COVID-19です。全世界共通して抵抗しがたい未曾有の出来事が起きた。これがいろいろな内省であったり、何かを考えるきっかけでした」と、地球環境への配慮やコロナ禍が、パーパス結実の要因の1つであったと語る。;

 こうした激変を受け企業としてどうあるべきかを、会社も取締役会も経営陣も社員もいろいろな視点で考えたと言う。またパーパス策定の過程はパンデミックとも重なり、取締会の多数のやりとりは全てWeb会議、つまり全てデジタル上で行われた点も「ある意味、象徴的でした」と瀬戸口氏は言う。「新しい時代というか、これからの新しいノーマルなのか。(パーパスの策定は)今までとは確実に違う環境の中で物事を考えまとめてきた。ここは大きな違いを感じました」と瀬戸口氏は振り返る。

 個人的にも「自分が現役のうちに、こういうことが起こるってことも想像しなかった」(瀬戸口氏)と言い、多様な知見を参考に新たな解を求めたと言う。

 こうした変化の前から、瀬戸口氏は在籍しているマーケティング部の視点で見た時に、今後マーケティング上のターゲットになるユーザーが、おそらく数年後でガラッと変わる。ジェネレーションのキャズムといったことが、必ず起こるはずと考えていた。

 それはミレニアム世代かZ世代かは分からないが、ガラっと変わった時に新たなターゲット世代から横河電機をどう認識をしてもらえるか「これは私どものマーケティング上の大きな課題と思いました」と瀬戸口氏は述べ、コロナのあるなしに関わらず思っていたが、コロナでその意をより強くしたようだ。

 ちなみに横河電機には、こうした新しいジェネレーションに近い人材を集めた「未来共創イニシアチブ」というチームが存在する。20代半ばから40代前半の23人が集まり、35年の未来シナリオを作成する。そしてシナリオが可能になるためにはという視線で、今行うべきことを策定する。

 例えば、1つのシナリオ「建設的調和」は、人類は環境への依存を、国家は根本的な相互依存関係を認識し、自己の利益よりも地球規模の社会的進歩と生態系のバランスを優先しているというもの。ぜひ実現してほしいものだが、バブルを味わった団塊世代とは考え方が違うことが容易にうかがえる。瀬戸口氏も「このような若い、次代を担う皆さんは、やはり私たちとは違う考え方を持っていて、こうした未来を担う人たちが、このパーパスをどう捉えるかが実は関心事として非常に高かったんです」と述べる。

 瀬戸口氏は、こうした若い世代への期待は大きく、こうした人たちを会社としてどう支援していくかを考える必要があると示唆した。その上で、社会、顧客、横河電機の3者が、ジェネレーションのギャップをどう乗り越えて、共創できるかにも留意したいと語る。

 そこでパーパスだ。「測る力とつなぐ力で、地球の未来に責任を果たす。」は、未来共創イニシアチブの面々からも、共感を示す好意的な声が上がったとのこと。横河電機のパーパスは社員の総意から生まれただけあって、ジェネレーションを超えた普遍性があるようだ。

 これは横河電機にとって好スタートと言える。なぜならパーパスとはそもそも社員のためにあるもので、上から言われた、株主が求めた、市場が気にしているといった声は理由にならない。瀬戸口氏も、パーパスとは社員が実践、体現するもので、そうすることで顧客などの第三者とパーパスの価値を共有できると考えている。

 横河電機マーケティング部は、お客さま層に向けた調査で本パーパスに関した質問を設定しており「お客さまや市場に対し、このYokogawa’s Purposeの認知そのものを上げたいという考えではなく、YOKOGAWAのグローバル全社員が、このパーパスの背景にある思いを実践しているかをお客さまにご評価いただきたい」と言う。なかなかハードルは高いと思われるが、本当の意味でのパーパス実践につながるのではないだろうか。期待したい。

横河電機本社、Brand Experience Zoneにて。背景は、同社の歴史を紹介する大型のビジュアル