小さく早く、データ分析に基づく仮説立案と検証を繰り返しながらビジネスを生み出す。先が見通せないVUCAの時代、企業に必要になるのが「アジャイル経営」だ。この実践者たちが集結し、自らの取り組みを語るイベント「アジャイル経営カンファレンス」が開催された。組織改革をリードするトップランナーたちは自社の経営をどのように捉え、組織づくりを実行してきたのか。基調講演のトップバッターとして登壇した星野リゾート・星野佳路代表に独自のアジャイル経営を学ぶ。

星野リゾートがやらないことを決めるまで

 星野代表は、2021年から2022年の間に年間65日も雪山で過ごしたというスキーヤーとしての一面に触れながら、仕事との両立に励む自身のライフスタイルもまた「アジャイルであると思っています」と話し、基調講演をスタートさせた。

 1991年に軽井沢町にあった星野温泉旅館を引き継ぐことから始まった星野リゾートの歩みをたどり、なぜ運営特化戦略を選んだのかについて、星野代表は「経営においては、何をやるかという選択も大事だが、何をやらないかという選択も非常に重要だと思っています」と述べる。

星野 佳路/星野リゾート代表

1960年長野県軽井沢生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士を修了。帰国後、91年に星野温泉旅館(現・星野リゾート)代表に就任。以後、「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO(おも)」「BEB」の5ブランドを中心に、国内外で60施設を運営。年間70日のスキー滑走を目標としている。

 星野リゾートが「やらないこと」を決めたのは1990年代後半。所有と開発をせず、運営特化型に舵を切った。運営に特化することで、ホテルや旅館を所有・開発する投資家やオーナーとの調整が多くある一方で、企業として資産となるものを所有しないことでバランスシートを軽くし、成長スピードを加速させるというメリットを得た。

 そして、2013年に設立した星野リゾート・リート投資法人で、63施設のうち23施設(2023年2月現在)を所有し、長期的に相乗効果を高め合える経営組織としてパートナーシップを築いてきた。

 素早く変化できる組織体制を築くことで、リーマンショック(2008年)や東日本大震災(2011年)などの危機に直面しても、その状況を乗り越えてきた。観光産業において過去最大の危機ともいえるコロナ禍であっても影響を受けたのは第3波まで。第4波以降は客室予約数も安定し、2022年は業績も堅調に伸びた。

 過酷な状況をも乗り切った星野リゾートの強さは、経営における基本概念である「教科書通りにやること」にあると星野代表はいう。星野リゾートという組織全体、あるいは現場で働く一人一人が何かを判断する際に、基準となるよりどころを教科書に求めているのだ。