ヘルスケアのイノベーション創出に向けたトレンドと取り組みを紹介するオンラインカンファレンス「CHUGAI INNOVATION DAY 2022」が2日間にわたって開催された。1日目のテーマは「R&D Innovation」。セッション2では、さまざまな疾患、標的分子への適用を可能とする新たな創薬モダリティ開発の取り組み事例を紹介。3つのプレゼンテーションとパネルディスカッションで、モダリティ技術の多様性、新たな可能性を探った。
中外製薬における、モダリティ技術を活用した創薬
1つ目のプレゼンテーションには、中外製薬 トランスレーショナルリサーチ本部長の井川智之氏が登壇。新たなモダリティ技術で不可能を可能にしてきた、同社の抗体・タンパク質、中分子における創薬の取り組みを紹介した。
「リサイクリング抗体技術」は、酸性条件下で抗体が抗原から乖離するように抗体を改変し、「抗原に1回しか結合できない」という抗体の不可能を可能にした。何度も抗原に結合することができ、効果が持続する抗体医薬品に応用されている。
「正常組織でも抗原に結合してしまう」という特性は、抗体医薬の限界の1つだった。そこで固形がんの内部でのみ抗原結合する「スイッチ抗体技術」を開発。腫瘍特異的に存在する細胞外ATPの高濃度下でのみスイッチがオンになり、抗原に結合するものだ。
抗体には「作用機序は阻害かアゴニスト」「1つの腕は1つの抗原にのみ結合」という特性があるが、2つの腕で2つの分子を物理的に近づけることに成功した。血液凝固第8因子は、第9因子と第10因子をくっつけることで血液凝固を促進する。これを模倣する「バイスペシフィック抗体」によって、第8因子の欠損で起こる血友病への創薬が可能になった。がんにT細胞を引き寄せてがん細胞を攻撃させるバイスペシフィック抗体も開発されている。さらに、1つの抗体が25種類以上のグルテンペプチドに結合する多重特異性抗体も取得し、セリアック病の治療薬開発につなげた。
抗体の「侵襲的投与が必要で細胞外の標的しか狙えない」という不可能は、中分子創薬が覆した。低分子のように経口投与可能で細胞内に入り、抗体のように標的タンパク質に結合する新たなモダリティだ。これにより、低分子でも抗体でも実現できなかった創薬が可能になった。これを用いたRAS阻害薬の臨床試験が開始されている。
「遺伝子やゲノム編集など、抗体、中分子、低分子でも狙えない領域ももちろんあります。しかし、今後も新たなモダリティを使って、ドラッグスペースを広げていきたいと考えています」と井川氏は語った。
モデルナのmRNAパイプライン―コロナワクチンから希少疾患、個別化がんワクチンまで
2つ目のプレゼンテーションでは、モデルナ・ジャパン 代表取締役社長の鈴木蘭美氏が登壇し、「患者さんのために次世代の新薬を生み出し、mRNAサイエンスの約束を果たす」というモデルナのミッションとともに、同社のmRNAの開発事例を紹介した。
人間の体の中には、10万種類のタンパクが存在し、その1つ1つに特別な役割がある。そのレシピを伝えるmRNAを医薬として活用することによって、細胞の外から希望するタンパクをつくる指令を出すことができる。
同社はmRNAを情報分子(Information Molecules)と呼び、低分子や高分子をアナログ、mRNAをデジタルと位置付ける。そして、細胞内、細胞膜上、細胞外などmRNAが発現する場所や送信する方法をモダリティとして確立し、疾患を載せたものが「mRNAパイプライン」だ。既に確立されたものには、コロナワクチンのような予防ワクチンや潜在性ウイルスワクチンがある。肺疾患の治療を目指した吸入型のパイプラインも開発が進んでいる。
同社は現在、48本のパイプラインを有している。一昨年の23本から加速度的に拡充しており、当面は100本を目指す。このスピードはmRNAのフレキシビリティ、早く安く製造できるデジタルの要素によるものだ。ここに同社がAmazonやテスラに例えられる所以がある。第三層に入ったインフルエンザ、RSウイルスをはじめ、さまざまな治験が進んでいる。
鈴木氏はmRNAの希少疾患モダリティとして、プロピオン酸血症の事例を挙げる。先天的に重要な酵素が欠損し、体内でタンパクを十分に分解できないという疾患だ。治験の初期段階であるが、全対象者が治験の延長を決定しており、今後が期待されている。こうした希少疾患モダリティが確立されれば、さまざまな先天性の難病の治療につながる。
個別化がんワクチン(PCV)は、1人の患者のがん細胞と正常細胞を取り出して両方を遺伝子解析し、がん細胞の特異的な遺伝子変異により産生されるネオアンチジェンを特定して、mRNAとしてコード化し、ワクチンとして投与するものだ。mRNAのプラットフォームを生かし、生検から投与までをわずか数週間で実施できる。
「個別化がんワクチンの主要評価項目解析は2022年第4四半期を予定しています。これが実現すれば、まさに、がん治療のゲームチェンジャーになるでしょう」と鈴木氏は語った。
遺伝子治療とゲノム編集の最前線
3つ目のプレゼンテーションは、ボストン近郊に研究拠点を置くModalis Therapeutics社の代表取締役CEO森田晴彦氏が登壇。遺伝子治療とゲノム編集の最前線、同社の技術CRISPR-GNDMについて述べた。
遺伝子治療は1980年台にコンセプトが生まれ、現在は第二世代にある。これまで約7000の疾患が遺伝子と、約4000の遺伝子が疾患とひも付けされており、500の治療法が確立されている。国別では、圧倒的にアメリカが先行しており、3000件の臨床試験のうち1000件を占め、次いで欧州が500件、中国で400件。日本は50件と、人口比率からみても遅れが目立つ。
遺伝子治療でターゲットとするのは、疾患と遺伝子に1対1の相関がある単因子遺伝性疾患(Monogenic Diseases)。7000の希少疾患のうち、3500が単因子遺伝性疾患であり、現在、2/3が診断可能だとされる。こうした希少疾患は患者数が少ないロングテールと呼ばれ、創薬ターゲットとするのが困難であり95%の疾患に治療法がない。細分化された希少疾患に効率よくターゲットできる技術として、遺伝子治療が期待されている。
細胞は全て同じDNAを持っており、遺伝子の発現の仕方によって多様性が生まれている。遺伝子性疾患は、その発現のON/OFFのスイッチ、または、コード(翻訳)のエラーによって起こる。一般の遺伝子治療は異常配列にVベクターなどで物質を足して補完する。また、ゲノム編集は異常部分を切り取り、正常な配列に置き換える。ただし、DNAを切り取ることは、がん化などのリスクを伴う。
2020年にゲノム編集の新手法CRISPR/Cas9でノーベル賞を受賞したジェニファー・ダウドナ教授は「今後の展開は、編集ではなく、遺伝子を制御してその遺伝子からつくられるタンパクの量をコントロールすること」と話した。これを実現するModalis Therapeutics社のCRISPR-GNDM技術は、ゲノムを切り取ることなく遺伝子のスイッチのON/OFFを制御する。
例えば、先天性筋ジストロフィー1Aは、筋肉の動作に関するタンパクをコードするLAMA2遺伝子の変質で起こるが、このタンパクはサイズが大きく一般の遺伝子治療ではターゲットにできない。これに対して、CRISPR-GNDMでは、姉妹遺伝子のLAMA1のスイッチをONにすることで、LAMA2の機能を補完できる。病態モデルマウスへの投与では、生存状況・筋肉量・握力の改善が確認されている。
「効果を出す仕組みを持った遺伝子やタンパク(Transgene)を、どうやって届けるか(Delivery Cargo)。この組み合わせで、さまざまなターゲットに対して治療法を確立できます。われわれは世界初のCRISPRベースの遺伝子制御創薬技術を使って、これまで治療法のなかった遺伝性疾患の治療法を創出していきます」