米国が中国に対する戦略的競争を全面的に追求することを宣言したのは、前述のトランプ政権におけるNSSとNDSである。NSSは「インド太平洋地域では自由主義的秩序か、もしくは抑圧的な秩序かをめぐる地政学的競争が生じている」という世界観を示している。

 中国はロシアと並び「リビジョニスト」として、インド太平洋地域で米国の優位性を奪い、中国にとり望ましい秩序に改編しようとする国家として位置付けられている。

 NDSは「米国の安全保障の最大の課題は国家間の戦略的競争」だとより明確に述べている。NDSの想定する世界の戦略環境は、中国とロシアが自らの権威主義に調和する世界の構築と、他国の経済、外交、安全保障の意思決定に対する拒否能力を獲得しようとしていることである。

 特に中国は、軍事力の近代化、外交上の影響力行使、侵略的な経済活動を通じて、インド太平洋地域の秩序を自らに都合よく変革しようとしているとする。

 これらの戦略認識の背景には、中国の軍事的台頭により、米国の軍事面での優越がもはや当然視できず、将来の優位も保証できないという評価がある。特に西太平洋に面する中国の周辺地域では、中国の接近阻止・領域拒否(A2/AD)能力が拡張し、米軍が戦力投射するコストを大幅に上昇させている。

 台湾や南シナ海などが含まれる「第一列島線」内の、有事における米軍の作戦行動は、中国の作戦航空機や海上戦力に徐々に優越性が脅かされ、また第一列島線を越えた広域でも、弾道・巡航ミサイルによる拒否能力に向き合わなければならなくなった。こうした中で、台湾や南シナ海をめぐる米軍の抑止・対処能力も相対的な低下を余儀なくされている。

 中国との戦略的競争は、こうした従来の領域における米国の優位が当然視されない前提から組み立てられている。安全保障の領域では、中国の空海軍力の近代化とともに、米国の一方的優位が脅かされている。

 しかし潜水艦を中心とする水中戦や、電子戦領域における優位、宇宙、サイバー、無人兵器、指向性エネルギー兵器(DEW: Directed-Energy Weapon)などの新領域を組み合わせたマルチ・ドメインの戦闘領域を確立することにより、中国に多大なコストを強いる競争を目論む。

 また経済の領域では、自由で開かれた経済秩序が国家資本主義を背景とした中国の経済的台頭を放任したという強い危惧がある。

 より強い政策介入で米中貿易不均衡を是正し、米国に対する投資を制限し、次世代技術に対する中国のアクセスを規制し、さらに自由で開かれたインド太平洋戦略によって一帯一路構想を牽制する。こうした一連の政策がトランプ政権期に体系的に模索されることとなったのである。

<連載ラインアップ>
第1回 日本が経済安全保障戦略で「黒字国」から「赤字国」に転落した3つの構造的理由
第2回 経済社会秩序を守る「経済安全保障」政策の展開は、なぜ政府にとって困難を伴うのか?
■第3回 「中国は戦略的競争の相手国」米国が対中強硬路線を鮮明にした経済安全保障上の理由とは?(本稿)
■第4回 コロナ禍やウクライナ侵攻で浮き彫りとなった、サイバー空間における経済安全保障の課題とは?(10月7日公開)
■第5回 国家安全保障の要と言えるエネルギー産業、日本の供給体制はなぜ脆弱なのか(10月21日公開)
■第6回 英国はなぜ国家間のコロナワクチン争奪戦に勝利し、世界初の接種を実現できたのか(10月28日公開)

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