2024年現在、「経済安全保障推進法」が段階的に施行されている。日本企業にとって、外圧に屈して不本意な意思決定を強いられることなく、戦略的に自律性を保つべき時が来た。本連載では『日本企業のための経済安全保障』(布施哲著/PHP研究所)から、内容の一部を抜粋・再編集し、法令を順守するだけにとどまらず事業のチャンスを見出す「攻めの経済安全保障」について考える。
第1回は、経済安全保障の要所を解説し、経営判断を行う際に国際関係や安全保障の観点がいかに重要かを説く。
<連載ラインアップ>
■第1回 混ぜるな危険? なぜ「経済」と「安全保障」を分けて考えなくてはいけないのか?(本稿)
■第2回 AI、半導体、量子コンピュータ…先端技術を巡り、経済分野に拡大する米中の覇権争いの実態とは?
■第3回 なぜ米国政府はTikTokに神経をとがらせるのか? ビジネスと軍事のデータの利用法における共通点と相違点
※公開予定日は変更になる可能性がございます。この機会にフォロー機能をご利用ください。
<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者をフォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
●会員登録(無料)はこちらから
「混ぜるな危険」? 経済と安全保障
経済安保に触れるビジネスパーソンは最初、大いに戸惑うことがあるだろう。
ビジネスのロジックと安全保障のロジックがかけ離れているため、これまで事業を通じて培ってきた感覚とは合わない、何か違和感のようなものを覚えるビジネスパーソンは多い。
その理由は、経済と安全保障という水と油の関係から来ている。経済安保とは、いわば水と油という「混ぜてはいけない」真逆のものを混ぜて両立させようとしているようなものだ。
たとえばビジネスのロジックは、グローバルに国籍の違いを超えてデータやノウハウを共有しながら協業、分業、役割分担して物品も全体最適で調達し、お互いの利益(売上)の最大化を目指す。
Cheating(不正)のリスクはあるものの、基本は契約に基づいて互いが誠実に約束を果たすことを前提とし、取引する双方(売り手も買い手も)がハッピーになるウィン-ウィンを目指すのが、経済(ビジネス)だ。
それに対して安全保障のロジックは、相手に優位性をとらせないため、あるいは相手を抑止するために相手の力を削いだり、こちらの優位性を相対的に上げたりしようとするゼロサムの発想、つまり「相手の弱みがこちらの強みになる」という前提だ。いかに常に相手より優位に立つか、相手は信頼できない、という前提で永遠のマウント合戦が続く世界だ。
そこでは、すべてのアクターは自己の利益を優先させる。こちらに害を及ぼさないのは、力や利益の事情から、やりたくてもやれないだけで、いつ不利益な仕掛けをしてくるか気が抜けない。
そうなると、重要なのは効率性よりも相手の属性(敵か味方か、裏切りそうかどうか)や安全性、信頼性、確実性といった指標となる。兵器の値段が多少高くても、確実に動作する性能や強靭性が優先されるのはその典型だ。
経済が、最終的には相手の誠実な契約履行に期待する(依拠する)楽観主義であるとすれば、安全保障は常に最悪の事態を想定する悲観主義だといっていい。
中国への先端半導体の輸出を絞って相手の成長や競争力にブレーキをかけながら、こちらの優位性を獲得しようとする半導体の輸出規制など、まさに安全保障の発想や流儀を経済(ビジネス)の分野に持ち込んだものだ。