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 2024年現在、「経済安全保障推進法」が段階的に施行されている。日本企業にとって、外圧に屈して不本意な意思決定を強いられることなく、戦略的に自律性を保つべき時が来た。本連載では『日本企業のための経済安全保障』(布施哲著/PHP研究所)から、内容の一部を抜粋・再編集し、法令を順守するだけにとどまらず事業のチャンスを見出す「攻めの経済安全保障」について考える。

 第3回は、「ビジネスの世界」と「軍事の世界」で、データとそれを処理するAIがどのように重要な役割を果たすかを解説する。

<連載ラインアップ>
第1回 混ぜるな危険? なぜ「経済」と「安全保障」を分けて考えなくてはいけないのか?
第2回 AI、半導体、量子コンピュータ…先端技術を巡り、経済分野に拡大する米中の覇権争いの実態とは?
■第3回 なぜ米国政府はTikTokに神経をとがらせるのか? ビジネスと軍事のデータの利用法における共通点と相違点(本稿) 


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AIの進化は国力の増進を左右する

 データはビジネスの基盤であり、大前提だ。デジタル時代においてはどんなに素晴らしい商品、サービス、企業であっても、インターネット上に存在して検索表示されなければ、消費者はそれらを知ることもないし、手に取ることもなく収益機会は訪れない。

 あなたの会社や商品のデータが存在しなければビジネス上、あなたの会社や商品は存在していないのと同義なのだ。

 あなたがパソコンやスマホで検索したり、メッセージを送受信したりすることはデータを取得したり共有したりする行為であり、データを媒介にコミュニケーションをしていることになる。データはコミュニケーションの土台であり対象であり手段になっている。

 とにかく良質なデータをいかに大量に集めて、的確に素早く分析して、そこで得られた知見をビジネスに応用できるかがマネタイズに直結する。データが多ければ多いほど分析精度は上がるので、データを大量に持つ者が優位を得られることになる。

 FBIのレイ長官の言葉を借りれば「データは今やCoin of the Realm=現代の貨幣」であり「良質なデータを持つ者がパワーを得る」時代に入ったということになる。大量のデータが日々行き交うTikTokに、FBIをはじめ米情報機関が神経を尖らせる理由はこの点にある。

 そして、データの価値はAIの到来によりさらに高まっている。

 AIは社会を大きく変え、軍事、経済における優位性も左右するとされる先端技術だが、そのAIの進化には大量の良質なデータが欠かせない。

 TikTokは大量のデータを日々、取得、流通させているプラットフォームであり、そのデータでAIはさらに「賢く」なるだろう。AIの進化は国力の増進を大きく左右する。だからこそ、米国はデータを必死に守ろうとしている。

購買意欲の代わりに恐怖や不安を喚起させる

 データとAIの組み合わせがもたらすインパクトは、ビジネスの世界だけにとどまらない。

 たとえば、軍事の世界では認知領域が「第6の戦場」としてクローズアップされている。そこではデータとそれを処理するAI(アルゴリズム)が決定的に重要な役割を果たす。

 認知戦とは、相手国の政治指導者や国民の心理、認知に影響を及ぼすことで、政治的混乱を起こしたり、望ましい方向に相手国を誘導したりすることが目的だ。真偽を問わず動画やテキストメッセージをSNS上で拡散させて、相手国の国民の間に厭戦気分を蔓延させて軍事介入を諦めさせる、といったことがその典型だ。

 台湾有事において、TikTokを舞台に米国の若者や世論に向けて米国の関与を諦めさせる言説を拡散させて、米軍の軍事関与を阻止して勝利する、といったシナリオがわかりやすいだろう。